Tokyo Chapel

2018年5月30日

第150日

試練はやがて勝利となる

「ヒューストン、問題発生。」1970年4月13日の夜、ジム・ロベルの言葉です。月へのミッションについて約56時間、宇宙船に火災が発生し、乗組員たちに生きて帰るための闘いが始まりました。一分も経たないうちに宇宙船のシステム障害が連鎖的に発生しました。「一度に、莫大な問題が発生した」とNASAの管制官は言いました。

宇宙船は月の周りを周回して、引力を利用して地球へと戻ります。何百万人もの人々がテレビにくぎ付けになって状況を見守りました。ついには、カプセルはトンガ沖の太平洋に着水したのです。

「アポロ13号、惨事からの勝利」と題した記事の中で、BBCの科学担当者が記しています。「従来からの観点からはこのミッションは成功とは言えないが、創意工夫と決断の勝利であった。」ジム・ロベルは、たとえ、破滅的な大災害が起こったとしても、それは成功へと変えることができるのだということを世界中の人々に見せたのだと語りました。

大勝利の極め付けの例は十字架という大惨事に表されています。究極の敗北であるとこの世が思ったことが、実は究極の大勝利であったのです。


神の大勝利

詩篇68:21-27

私たちが今日の世界を見回してみれば、そこには悪が満ちていることが分かります。

この詩篇は悪に対する、特に悪の国々や悪の帝国に対する神の究極の大勝利を祝っています。あなたは神がご自身の宮に勝利の凱旋をするのを観ることへと招待されたのです。神は大勝利を収めました。正しさは勝利したのです。人間のプライドや思いあがった傲慢やは、いつの日か、神の正しい支配の権威の前に崩れ落ちるのです。

ダビデは彼の敵に対して神が勝利されたことを祝う勝利の行進を描写しています。「神は必ず敵の頭を打ち砕かれる。…神よ。人々は、あなたの行列を見ました。
聖所でわが王わが神の行列を。(21,24)」

礼拝する人々の集いの絵が後に続きます。歌い手、音楽家、タンバリンなどをもって、神にすべての賛美がささげられ、おとめらが共に行くのです。(24-27)

祈り:主よ。礼拝が生き生きとした命を持つように祈ります。私たちの国リーダーたちが、大いなる会衆の中にあって、神を礼拝する心をもって神を賛美するようになりますように。


イエスの大勝利

ヨハネ19:1-27

あなたは今までの人生で厳しい時を通ったことがありますか?もしかすると、今がまさしくそのような時かもしれません。そして、この瞬間、ものごとがあなたの人生においてうまくいっていないかもしれません。イエスの最も偉大な大勝利は、ご自身にとってうまくいっているように思えないまさにその時に起こったことを覚えましょう。

ローマ教皇専属の説教者であるラニエロ・カンタラメッサ神父は「新無神論者」の一人と公開討論する直前に、ニッキー・ガンベルと話をしました。ニッキーが神父に勝つ見込みはあるかと尋ねると、彼はわからないと答えました。そして、負けるかもしれないと言い、「しかし」とこう付け加えました。「神は敗北の内にも栄光を受けることがお出来になります。」

イエスの十字架は、打ち負かされたように見えることから神は栄光を受けることが出来るということを教えてくれます。これはイエスの最も偉大な勝利の瞬間なのです。

3度にわたってピラトはイエスの無実を主張しました(18:38、19:4、6)。そして2度イエスを釈放しようとしました(19:12,14)。しかし、最後には民衆に逆らえずイエスを十字架につけるために自らの意思で彼らに引き渡しました。彼は「彼らの要求に屈し、イエスを、十字架につけるため彼らに引き渡した。(16,MSG訳)。」

イエスの死はすべて自分の意思に基づくものでした。イエスは自由をはぎ取られたように見えますがイエスこそ自由でした。ピラトの「私にはあなたを釈放する権威があり、また十字架につける権威があることを、知らないのですか。(10)」という言葉に、イエスは「もしそれが上から与えられているのでなかったら、あなたにはわたしに対して何の権威もありません。(11)」と答えました。皮肉なことに、イエスはピラト以上の全き権威を持っておられたということなのです。

これは、最も暗い時間でした。イエスはむち打たれ、その頭にいばらの冠を被せられ、顔を殴られました。彼は十字架に引き渡され衣服を剥がれ、兵士たちはくじを引いて下着を分け合いました。それらすべてのことを通して、聖書のみことばが成就したのです(23-24)。

ヨハネは預言の成就とイエスの王としての権威を強調しています。イエスの裁判と十字架を通して、一貫したテーマがあります。それはイエスは王であるかどうかです。兵士たちはイエスを王に見立てて衣装を着させ嘲って叫びました。「ユダヤ人の王さま。ばんざい(3)」ピラトの宣言には、苦々しい皮肉がこもっています。「さあ、あなたがたのです。(14)」そして尋ねました。「あなたがたのを私が十字架につけるのですか。(15)」祭司長たちがそれに答えて言いました。「カイザルのほかには、私たちにはありません。(15)」それからピラトは罪状書きを用意させました。「ユダヤ人のナザレ人イエス(19)」

イエスが十字架につけられたとき、とても王には見えませんでした。イエスは嘲られ、物笑いにされたのです。しかし、ピラトが皮肉として準備した罪状書き(皆が分かるように3つの言語で記されていました,20)を神はイエスが王なる神であることを全世界に宣言することを成就するために用いたのです。イエスは隠れた静かな愛の王なのです。

この裁判の中で、イエスはピラトに宣言しました。「わたしが王であることは、あなたが言うとおりです。(18:37)」しかしながら、カイザルのようではないのです。イエスの王国は「この世のものではありません。(36)」それは永遠の天の王国なのです。永遠の王が大勝利を収めました。それはローマ人が考えるような「勝利主義」によるものではありません。一見弱弱しく見える十字架の死を通してなのです。

イエスは暗闇と悪と罪に勝利しました。明日、私たちはこれらの偉大な言葉を読むことになります。「完了した(19:30)」と。イエスはご自身の体にこの世界の罪を負うという勤めを全うされたのです。歴史の中で最も偉大な勝利が勝ち取られたのです。これは、悪を打ち負かす善、死を打ち負かすいのちの勝利です。

イエスの生涯は悲惨な失敗であったように見えます。憎悪は愛を征服したように思えます。しかし、実は、一見失敗し、打ち負かされたように見えるお方が実は勝利を収め、新しいいのちの泉を湧き出させ、人間に新しいビジョンと平和と一致のための新しい道を開いたのです。

もし、あなたが現時点で、あなたを取り巻く環境の中で葛藤しているなら、イエスのそばにとどまりなさい。そして神が敗北の内に栄光を受けることがお出来になることを覚えなさい。私たちの人生の中で最も偉大な勝利は、ともすると、最もきついと思える状況のときに起こるものなのです。

祈り:主よ。あなたの大勝利のゆえに感謝します。神はいつもキリストにある勝利の行列に加えてくださり、「至る所で私たちを通して、キリストを知る知識のかおりを放ってくださいます。(2コリント2:14)」


ダビデの大勝利

1サムエル26:1-28:25

ダビデの勝利は容易には与えられませんでした。人生の勝利もまた簡単ではありません。それは多くの困難と失敗を経てやって来るものです。

サウルはダビデに言いました。「わが子ダビデ。おまえに祝福があるように。おまえは多くのことをするだろうが、それはきっと成功しよう。(26:25)」

サウルの凋落ぶりは悲惨な限りです。ある時点では、彼は神の霊に満たされ、領地から悪を追い払った男でした。今は、助言を求めてなんと霊媒師にお伺いを立てようとする始末です(28章)。旧約聖書の中にさえ、死後のいのちの知識の端緒が現れています。そして、サウルがしたことにもかかわらず、主はサウルを救われました。「あす、あなたも、あなたの息子たちも私といっしょになろう。(28:19)」

私たちはまた、ダビデの性格のもっとも悪い側面を見ます。彼はペリシテ人と合同誌、偽りによって生き延び、女や子どもを殺しました(27章)。彼は自分がしたことを隠すために最も低い深みに沈んだのです。聖書が描くダビデの姿は完全とは程遠いものです。それでも神は彼の欠けや失敗にもかかわらず彼を用いたのです。

他方、私たちはダビデの最も素晴らしいことを見ます。ダビデは、彼を殺そうとしたサウルに仕返しをする機会を得ました。しかしながら、ダビデは仕返しすることを拒みました。ダビデはサウルに大いなる敬意を示しました。それはサウルに与えられた権威のゆえです。

ダビデは言いました。「殺してはならない。主に油そそがれた方に手を下して、だれが無罪でおられよう。…私が、主に油そそがれた方に手を下すなど、主の前に絶対にできないことだ。(26:9,11)」

ダビデはサウルに対して忠誠と実直さを貫きました。たとえサウルが彼を殺そうとしたことが事実であったとしてもです。ダビデの例に倣いましょう。そして、あなたの上にある権威を持つ人物を打破しようとして罪に陥ることを拒みましょう。

サウルでさえダビデの「正しさと真実(23)」を認めています。サウルは「おまえは多くのことをするだろうが、それはきっと成功(勝利,NIV訳)しよう。(25)」と言いました。

ダビデの生涯からも分かるように成功や大勝利はインスタントなものではありません。しばしば、神は、何年もの間、あいまいな、困難で、敗北と失敗さえ通して私たちを整えてくださるのです。それはダビデのように、試験を受けている期間なのです。私たちは決して仕返しなどせずに、すべての人を愛をもって、尊敬と尊厳をもって接するようにしましょう。

祈り:主よ。ありがとうございます。あなたは、私たちを多くの失敗にもかかわらず用いてくださいます。イエスの十字架と復活の大勝利を通してのみ、悪に打ち勝つ勝利を収めることができることを感謝します。アーメン。

H.K

References

Paul Rincon, ‘Apollo 13: From Disaster to Triumph’, [Online] http://news.bbc.co.uk/1/hi/sci/tech/8613766.stm [last accessed December 2014].