Tokyo Chapel

2018年1月12日

第12日
恐れるな

ある程度まで、恐れを持つことは健全なことです。なにがしかの脅威を認識するなら「恐れ」るものです。それは自然な人間の感情であり、神が備えてくださったものです。生きていくための基本的なメカニズムといえます。私たちを危険から守るのです。

しかしながら、過度の恐れは健康とは言えません。新約聖書で一般に用いられる「恐れ」という単語はフォボス(phobos)です。この言葉は「恐怖症(フォビア)」の語源です。それは不健康な恐れです。危険の度合い以上に恐れてしまうのです。FEAR(恐れ)を頭文字として「現実に現れた偽りの証拠(False Evidence Appearing Real)」です。それは、危険を過度にとらえたり、自分を過小評価したり「取り越し苦労」することです。

そのような恐怖症は、健康、経済状態、失敗するかどうか、加齢、死、孤独、拒絶、ミス、スピーチ、飛行機に乗ること、高所、ヘビやクモなどに起因するものです。最近はソーシャルメディアを利用している人が友人や仲間の書き込みを読んでいる時に、自分だけが取り残されているとか、ついていけてないなどの不安や焦りを感じるFOMO(Fear Of Missing Out)という恐怖心もあったりします。

高所恐怖症からパニック障害に至るまで、人生にはたくさんの怖れがあるものです。他にも、人前で話すことを恐れたり、イエスを伝えることを恐れたり非合理的な恐れというものがあります。

神の霊は否定的な恐れを生み出したりしませんが、健全な恐れがあります。「神を恐れること」です。これは神に対しておびえることではありません。実際はそれとは逆で、神が私たちにどのように関わってくださるお方なのかを知ることです。それは尊敬、崇敬、畏怖、名誉、礼拝などの意味をするものです。それはまた神への愛とさえ訳すことが出来ます。全能なる神の力、尊厳、聖さを思い起こさせるのです。それは神への健全な尊敬の念を導きます。それは、私たちが生活の中で経験する他の恐れや恐怖症の真逆のものです。他の何物も誰をも恐れる必要はありません。神を恐れましょう。

現代社会において神を恐れることが少なくなっていることと、他のものを恐れることが増えていることは偶然ではありません。私たちは神との正しい関係に立ち返る必要があるのです。

「恐れるな」という表現は聖書の中で最も頻繁に現れる命令の一つです。今日の箇所でも4件にわたってその例が見られます。


わざわいを恐れることなく

箴言1:20-33

今日の箇所は、私たちが「災い」と「恐怖」(26)を避けるため、そして「わざわいを恐れることもなく、安らかである(33)」ための秘訣を記しています。

「主を恐れること」は箴言のテーマの一つで21回登場します。それはあなたが「選ぶ」事柄です。知恵がある者は主を恐れることを「選ぶ(1:29)」のです。そして、神に聞くのです。「しかし、わたしに聞き従う者は、安全に住まい、わざわいを恐れることもなく、安らかである。(33)」と神は約束しています。

知恵は箴言では擬人化されています(20)。新約聖書のレンズごしに見るなら、イエスを「神の知恵(1コリント1:24)」として知ることができます。

今日の箇所(箴言1:20-32)は神の声を無視して、気まぐれに自己満足の道に従うこと(32)への警告です。

神に聞き、悔い改めて生活を正し、神を恐れることを選び取る時、主は私たちが思っている以上の素晴らしいことをなしてくださいます。「わたし(知恵)の叱責に心を留めるなら、今すぐ、あなたがたにわたしの霊を注ぎ、あなたがたにわたしのことばを知らせよう。(23)」神はご自身のみことばに隠された知恵の宝をあなたに啓示してくださるのです。神を恐れることを選び、御手の内にとどまり、わざわいを恐れる思いから解放されて歩んでいきましょう。

祈り:主よ。あなたを恐れることを選びます。あなたの力、尊厳、聖さを畏んで生きる生き方を選びます。ただあなただけを恐れて生きることができますように。


人を恐れることなく

マタイ10:1-30

今日の箇所でイエスは3回「恐れてはならない」と語っています(10:26,28,31)。

イエスが十二人の弟子たちに福音を宣べ伝え、病人をいやすために遣わした場面です。イエスは十二人を召し出した時、イエスは彼らを宣教へと遣わしました。(神学的訓練とは実践的であるべきです。)

イエスはご自身の例に従って彼らを(私たちを)遣わします。

  • 宣言すること:「天の国は近づいた(7)」
  • 実践すること:「病人をいやす…。(8)」

イエスが弟子たちを送り出したとき、彼らに反対に遭うことを警告しました。「いいですか。わたしが、あなたがたを遣わすのは、狼の中に羊を送り出すようなものです。(10:16a)」彼らは純粋な知恵が必要でした。「蛇のようにさとく、鳩のようにすなおでありなさい。(16b)」
彼らを待ち受けている反対は、議会に引き渡され、鞭打たれ(17)、憎まれ(22)、迫害され(23)、悪霊呼ばわりされる(25)ことでした。そのような中でイエスは三度にわたって「恐れてはならない」と語られたのです(26,28,31)。

  1. 言うべきことについて恐れてはならない
    第一に「彼らを恐れてはならない(26)」です。あなたは他の人々を恐れる必要はありません。たとえ彼らが権力を持っていてもです。たとえば「議会」、「総督たちや王」(17-18)であってもです。「人々には用心しなさい。彼らはあなたがたを議会に引き渡し、会堂でむち打ちますから。また、あなたがたは、わたしのゆえに、総督たちや王たちの前に連れて行かれます。それは、彼らと異邦人たちにあかしをするためです。(17-18)」
  2. あなたがされることを恐れてはならない
    第二に、からだを殺しても、たましいを殺せない人たちなどを恐れてはなりません(28a)。むしろ主を恐れましょう。「そんなものより、たましいもからだも、ともにゲヘナで滅ぼすことのできる方を恐れなさい(28b)。」力と愛に満ちたお方を健全に恐れましょう。
    「あなたは神への恐れを保ちなさい。そのお方はあなたの全人生-身体と魂-をご自身の手の内に保持されるのです。(28,MSG訳)」
  3. あなたにこれから起こることを恐れてはならない
    第三に、主は言われました。もしあなたが神を恐れるなら、他の何もそして誰をも恐れる必要はありません。神はすべてを究極的に支配しておられるのです。「そんな雀の一羽でも、あなたがたの父のお許しなしには地に落ちることはありません。(29)」神は支配するだけでなく、あなたを深く愛しておられます。「また、あなたがたの頭の毛さえも、みな数えられています。だから恐れることはありません。あなたがたは、たくさんの雀よりもすぐれた者です。(30-31)」神はあなたが心配する以上に、あなたに起こる事柄を気にかけてくださっているのです。

祈り:主よ恐れることはないとおっしゃってくださることを感謝します。あなたは私を愛し、価値を与えてくださいます。あなたの愛をもっと知ることができるように助けてください。あなたを信頼します。


死をおそれることなく

創世記25:1-26:35

人生は簡単ではありません。イサクにとっても人生は楽ではありませんでした。様々な困難の中で、40歳でリベカと結婚したイサクは60歳になるまで20年間、子宝に恵まれませんでした(25:20-26)。生まれた双子の兄と弟は互いにライバル心を持ち、親の悩みとなり、長兄エサウがめとった異教の地からの嫁たちは「悩みの種(26:35)」でした。

イサクは妻リベカが美しいのを見て夫である自分が殺されはしないかと恐れ、アブラハムが失敗したように、リベカを妹だと偽りました(7-11)。しかし、イサクは父の失敗からいくつかのことを学んでいたようです。リベカに子が与えられない間も、父アブラハムがハガルを通して子を儲けようとする誘惑を退けて、神に奇跡を求めて祈ったのです(25:21)

主はイサクに父アブラハムに与えたのと同じ約束を与えます。「わたしはあなたとともにいて、あなたを祝福しよう。…わたしは、あなたの子孫を空の星のように増し加え、あなたの子孫に、これらの国々をみな与えよう。こうして地のすべての国々は、あなたの子孫によって祝福される。(26:3-4)。」

それでも、イサクは恐れました。彼は死ぬかもしれないと思ったのです。「リベカが美しかったので、リベカのことでこの土地の人々が自分を殺しはしないかと思ったからである。…彼女のことで殺されはしないかと思ったからです。(7,9)」

イサクが妻リベカを愛撫するのをアビメレクが見た時、「確かに、あの女はあなたの妻だ。なぜあなたは『あれは私の妹です』と言ったのだ。(9)」と問いただします。イサクは「なぜなら(NIV訳)」と答えました。

イサクは人を恐れましたが、それにもかかわらず、神は彼を祝福しました。神は言いました。「わたしはあなたを祝福し、あなたの子孫を増し加えよう…(24)。」神の祝福は成長です。刈り取りまで多くの時間がかかります。それはあなたの人生でも同じです。

「イサクは、彼の父アブラハムの時代に掘ってあった井戸を、再び掘った。それらはペリシテ人がアブラハムの死後、ふさいでいたものである。(18)」それがイサクの応答でした。(私たちの時代に当てはめれば、閉鎖されていた教会が再開されいのちの水を湧き出させることと同じかもしれません。)イサクが反対に遭い、止めさせられた時、彼は移動し、別の井戸を再び掘り直しました。このようにして、主は彼を広い地に連れ出し、繁栄させてくださったのです(22)。

たとえ簡単ではなくても、主があなたに語ってくださる言葉を覚えましょう。「恐れてはならない。わたしがあなたとともにいる。(24)」

祈り:主よ。あなたが私とともにいてくださると約束してくださってありがとうございます。主よあなたを恐れます。そして、他のどんなものも、誰をも恐れません。そのような繰り返し私に教えてくださっていることを感謝します。アーメン

H.K