Tokyo Chapel

2019年7月31日

第212日

適切に論争を取り扱い、議論を避ける方法

英国はEUから脱退することを52対48で決定しました。繰り広げられたキャンペーンは辛辣で、国を二分するものでした。中心政党は内部で紛糾しすぐに分裂が起こりました。このようなことが毎日のように地上では繰り広げられています。議論、論争、対立がニュースをにぎわせているのです。

罪が世界に入った時、議論、論争、対立が始まりました。アダムはエバを責め、カインはその弟を殺しました。世界の歴史はその時以来、ずっとこのような闘いを繰り広げているのです。

人々が神から離れ去って行った時、彼らは互いに争い始めたのです。私たちは、あらゆるところで人間関係が崩壊しているのを目にするのです。家庭崩壊、職場の人間関係の崩壊、内戦や国同士の戦争など…。悲しいことに教会も例を免れません。議論、論争、内部の対立があるという現実から始めて行きましょう。

私たちはどのようにこの闘いを取り扱うべきでしょうか?


議論を避ける

箴言18:17-19:2

箴言には議論を避けるための方法が実に具体的に助言されています。

  1. 両者の言い分を聴く
    通常、議論というものは二つの側に分かれます。そして常に、どちらの言い分にも耳を傾けることが有用です。どのような法制においても、反対尋問の権利は重要です。「最初に訴える者は、その相手が来て彼を調べるまでは、正しく見える。(18:17)」
  2. 聖霊の助けを求める
    私たちは「激しい議論(18,MSG訳)」になった時、特に神の導きを求めることが必要です。旧約聖書では「くじは争いをやめさせ(18)」とありますが、聖霊の注ぎをもって、論争の中に神の導きを受けとめることの方が良いのです。(1コリント6:1-6)
  3. 不必要な攻撃を避ける
    出来る限り人々を攻撃することを避けるすべての方法を探りましょう。「反抗する兄弟は堅固な城よりも近寄りにくい。敵意は宮殿のかんぬきのようだ。(箴言18:19)」激しい論争は友情に壁を作ってしまいます。そのような壁は簡単にできてしまいますが、壊すことは容易ではありません。
  4. 注意深くあなたの言葉を選ぶ
    あなたの言葉はいのちを与える力になりえます。大きな満足をもたらし、分裂を癒します。「人はその口の結ぶ実によって腹を満たし、そのくちびるによる収穫に満たされる。(20)」

    しかし、あなたの言葉は破壊する力にもなりえます。「死と生は舌に支配される。どちらかを愛して、人はその実を食べる。(21)」あなたが発する言葉によって大きな善を与えることも大きな損失をもたらすこともできるのです。
  5. ­­あなたの仲間を注意深く選ぶ
    作者は言います。「良い妻を見つける者はしあわせを見つけ、主からの恵みをいただく。(22)」伴侶から知恵や助言をもらうということは私もまた確かに経験した真実です。そしてしばしば、睦まじい夫婦生活は男女の関係の問題に巻き込まれることを避ける助けとなります。良き夫と妻は平和を生み出す者となります。

    結婚していてもいなくても、親しい友は確かに必要です。この箴言の第二の部分は行き来する友を思い起こさせます。「兄弟よりも親密な者もいる。(24b)」私たちの人生に必要なたぐいの友がいるのです。もしあなたにそのような友がいるなら、その友のゆえに神に感謝することをやめてはなりません。

    究極的には、もちろん、イエスこそ、「兄弟よりも親密な者」なのです。

祈り:主よ。どうか私が語ることばが、私の周りにいる人々にとって命の源となりますように。


論争を取り扱う

ローマ14:1-18

この箇所は今も世界中の教会に起こっている論争に対して適切なを箇所です。もし過去二千年において、教会がパウロの指示に従ったなら…。ジョン・ストットが記しているように、パウロがこれらの節で言おうとしている目的は「ユダヤ人のような保守的な考えのクリスチャンと異邦人のような自由な考えのクリスチャンがその交わりの内に友好的に共存する」ことなのです。

パウロが命がけで戦わなければならない「福音の真理」という事柄がありました。それは私たちのためにキリストが死んだということです(9,15)。イエスの生と死と復活(9)とキリストの権威(9)は交渉の余地がない事柄の例です。

しかしながら、さほど重要ではない他の事柄があります。それらは「議論の余地のある事柄」です。それらは第二の領域です。パウロは菜食主義やある日を他の日よりも尊ぶことなどの例を挙げています。

今日、ある人々は飲酒を慎んでおり、ある人々はそうではありません。あるクリスチャンは反戦論者であり、ある人々はそうではありません。議論の余地のある事柄についてクリスチャンが激しく二分されるような案件はたくさんあります。私たちはこのような論争をどのように取り扱えばいいのでしょうか?

  1. 異なる見解を歓迎する
    パウロは「受け入れなさい(1)」と記しています。(原語では「歓迎しなさい」)それは「信仰の弱い人を(1a)」です。「物事をあなたのように見ることができない仲間の信者を両手を広げて歓迎しなさい。…遂には、私たちは皆、膝を揃えて神の裁きの前に進み出る日が来ます。(1,10,MSG訳)」
  2. すぐに裁かない
    「彼らが、あなたが同意できない何かをしたり話したりする時、いつも彼らを叱るつけることをしてはなりません(1b,MSG訳)」

    パウロは続けます。「あなたはいったいだれなので、他人のしもべをさばくのですか。(4)」「それなのに、なぜ、あなたは自分の兄弟をさばくのですか。(10)」「ですから、私たちは、もはや互いにさばき合うことのないようにしましょう。(13)」私たちは自分の意見とは異なる見解を他の人々が持つことに対して裁くことなく、許さなければなりません。」

    それは課題の中心です。パウロは4度にわたって、この箇所で互いに裁いてはならないと言うのです。
  3. 人を見下したりしない
    私たちは、私たちと見解の異なる人を「侮ってはいけない(3a)」のです。「神がその人を受け入れてくださったからです。(3b)私たちはそうすべきです。
  4. あなたが考えたように行うことは正しいことです。
    このような第二の事柄について「それぞれ自分の心の中で確信を持ちなさい。(5)」「各々の人は自分の良心の確信に従うことについて自由です。(5,MSG訳)」「もし、あなたが肉を食べるなら感謝してプライム・リブを食べなさい。もし、あなたが菜食主義者なら感謝してブロッコリーを食べなさい。(6,MSG訳)」私たちが賛成するか反対するかという理由だけで彼らを追い返してはなりません。私たちはすべての状況の中で何が適切な対応であるかに注意深くある必要があります。
  5. 他の人々の動機について最善を仮定する
    「日を守る人は、主のために守っています。食べる人は、主のために食べています。なぜなら、神に感謝しているからです。食べない人も、主のために食べないのであって、神に感謝しているのです。(6)」

    他の人々のすることを善意に解釈し、それが主の目にかなったことであると仮定するようにしましょう(7-8)。
  6. 他の人々の意識を感じ取る
    パウロは「兄弟にとって妨げになるもの、つまずきになるものを置かないように決心しなさい。(13)」と言います。例えば、誰かが飲酒を悪いことだと考えているなら、その人の前で酒を飲むということは無神経なことでしょう。私たちは人の心を痛める原因になりたくはありません(15)。
  7. 互いに助け励まし合う
    「私たちは、平和に役立つことと、お互いの霊的成長に役立つこととを追い求めましょう。(19)」
  8. いつも愛をもって行動する
    「もし、食べ物のことで、あなたの兄弟が心を痛めているのなら、あなたはもはや愛によって行動しているのではありません。(15)」「ですから敏感で礼儀正しくありなさい。…自由に愛を交わし合うことを妨げると思われるようなことをせず、言わず、食べずにいなさい。(21,MSG訳)」

議論の余地のある事柄は重要ですが、私たちが一致することと同じくらい大切だということはありません。「なぜなら、神の国は飲み食いのことではなく、義と平和と聖霊による喜びだからです。(17)」これこそが重要なことです。教会を分裂させたり、教会の外にいる人々をしらけさせたりしないように、議論の余地のある事柄に囚われないように気をつけましょう。中世の著述家ルパートス・メルデニウスの言葉を心しましょう。「本質的なことには一致を。そうでないことには自由を。そして、全てのことに愛を。」

祈り:主よ。教会における新しい一致を祈ります。今日、そして毎日、神の国そのものである「義と平和と聖霊による喜び」に焦点を合わせることができますように助けてください。


争いをやめる

1歴代9:1b-10:14

「ペリシテ人はイスラエルと戦った。…攻撃はサウルに集中し、射手たちが彼をねらい撃ちにした(10:1,3)」サウルはペリシテ人から攻撃され、その結果、死ぬことになります。その説明はサムエル記第一13章にあります。しかしながら、歴代誌の作者は、加えて次にように記します。「サウルは不忠実のゆえに死んだ。それは神に対する不忠実である。彼は神のことばに従わなかった。(1歴代10:13),MSG訳)」

私たちがサムエル記を読み返して見ると、本当の問題はサウルがダビデを嫉妬したことであることに気づきます。ダビデはすべてのことにおいてサウルに出来る限り服従しようとし、友好的に接するように努めました。サウルはそうではありませんでした。サウルはダビデをやっつけようと躍起になっていたのです。この内なる争いがサウルを弱めて行きました。そして外部からの攻撃に対して脆弱になってしまったのです。

私たちは、今日、内なる争いが、外部からの攻撃に対して脆弱にしてしまうということが分かります。イエスは、この世が信じるようになる為に、私たちが一つになるように祈っておられるのです。(ヨハネ17:23)

祈り:主よ。私たちが平和を生み出す者となることが出来ますように。内輪もめをやめて、この世が信じるようになる為に一致を追い求めることをお導きください。アーメン。

H.K

References

John Stott, The Message of Romans: God’s Good News for the World, (IVP Academic, 2001) p.357