2018年12月2日

第336日

ビジョンからアクションへ

ジャッキー・ポリンジャーは人生を貧しい、困窮した人々、黒社会のメンバー、ヘロインやアヘンの中毒者と共に過ごしてきました。彼女は聖霊の力を通して麻薬から何千という人々を助けました。彼女は数多くの人々の人生が変革されるのを見てきました。そして香港の町に多大なインパクトを与えてきました。

ジャッキーはこう記しています。「私は半生を暗い、悪臭に満ちた場所で過ごしてきました。なぜなら、私は光り輝くもう一つの町の『ビジョン』を持っていたからです。それは私の夢でした。もはや泣くことも、死も痛みもない。病人は癒され、中毒患者は解放され、飢える者が満腹になる。孤児のための家族がいて、ホームレスのための家があり、羞恥心をもって生きてきた人々に新しい尊厳が与えられる。私はそれをどのようにもたらせば良いのかという考えを持ち合わせてはいません。しかし、『夢のような熱心さ』をもって、九龍城塞の人々にすべてを変えることがお出来になるお方を紹介していきました。それがイエスです。」

ビジョンは「聖なる不満」です。 ― あるべきものを明確に把握することと結びついた今あるものへの深い不平です。 希望を駆り立てる将来に対しての ―「内面的情景」― の描きです。

アクション(行動)のないビジョン(幻)は単なる夢です。ビジョンのないアクションは「悪夢」です!しかし、ビジョンとアクションが結びつくとき、世界は変わります。


ビジョンの重要性

箴言29:10-18

が無いところに、民は滅びる。(18,KJV訳)」

ヘブル語の言葉は「啓示(NIV訳)」あるいは「幻(KJV訳)」と訳すことが出来ます。それは神とご自身の預言者とのコミュニケーションを指します。神からの啓示的な幻がないところにあるのは、しばしば霊的なそして政治的な混乱状態です。― 「幻がなければ、民はほしいままにふるまう。(18)」

幻と自制は共に進むべきです。熱情と道徳的な憤慨が描き出すビジョンは「制御の効かない怒り」へと導かれる可能性があります。しかし、箴言の作者は言います。「愚かな者は怒りをぶちまける。しかし知恵のある者はそれを内におさめる。(11)」ジャッキー・ポリンジャーは、マーチン・ルーサー・キング、ウイリアム・ウィルバーフォースやその他の多くの人々と並んで、幻と自制との間の緊張を共に把握したリーダーの卓越した手本です。

残りの箇所で、私たちは良いリーダーシップと悪いリーダーシップの両方の結果について見ます。「堕落した者が司る時、犯罪は野放しになる。(16,MSG訳)」その反面、「声なき貧しい者を公平に取り扱う時、リーダーシップは権威と尊敬を得る。(14,MSG訳)」

祈り:主よ。どうかあなたの声を聴くことができますように。今日、あなたがどのようなお方であるかを新鮮に啓示してください。


ビジョンの力

1ヨハネ2:28-3:10

イエスは、ご自身の人生にとても明解なビジョンを持っていました。そしてイエスはビジョンをアクションと組み合わせたのです。「キリストが現れたのは罪を取り除くためであった(3:5)」

ヨハネは続けて言います。「神の子が現れたは、悪魔のしわざを打ちこわすためです。(8)」イエスの死と復活を通して、あなたの罪は取り除かれ、悪魔の働きは打ち壊されました。

あなたは神がどれほどあなたを愛しているかを認識していますか?「私たちが神の子どもと呼ばれるために、― 事実、いま私たちは神の子どもです ― 御父はどんなにすばらしい愛を与えてくださったことでしょう。(1)」

神はあなたのためにご自身の御子を死に渡されたということの中に非常に明確なビジョンがありました。神は惜しみないご自身の愛をあなたに与えたいのです。神のあなたのためのビジョンは、ある日、あなたがイエスのようになり、イエスを「キリストのありのままの姿(2)」として見るようになるのです(2)。

神はあなたの人生にビジョンを持っておられます。あなたもまた自分の時制にビジョンを持つべきです。あなたの包括的なビジョンは、今出来る限りイエスのようになるということであるべきです。「私たちは皆、私たち自身の模範であるイエスの人生のきらきらと輝く純潔をもって、いつも準備して主の再臨を楽しみに待っています。(3)」

あなたが神の子どもであるかどうかのテストはこれです。「それは、罪を犯したり見せびらかせるようと神が生じさせた本質ではありません…義の道を実践しようとする者は神からの者ではありません。あるいは兄弟や姉妹を愛したいと願わない者も神からの者ではありません。簡単なテストです。(9-10,MSG訳)」愛と光に生きることはあなたが神の子どもであることの指標です。

ジョイス・マイヤーは記しました。「私はかつてフルタイムの罪人でした。そしてたまに、私は「偶発的に」正しい何かをしたのです。しかし今、私は深く、個人的に、神との関係を発展させるのに多くの年月を費やしてきました…。私はいまだに間違いますし、しかし私がかつてしたほど全く多くはないのです。私がいなければならない場所に私はいなくとも、神に感謝することには、私はかつていた場所に私はいないのです。私はすべてのことを正しくできません。しかし、私は、自分の心が正しい態度であることを知っているのです。」

あなたのビジョンはイエスの近くに留まることであるべきです。「キリストと共にいなさい。キリストの内に深く生きなさい…キリストが来られた時、赤面して罪責を感じたり、つじつまの合わない弁解をしないためにも。(2:28,MSG訳)」

これはあなたの人生の第一のビジョンとなるべきです。私たちは、ある特定の事に焦点を当て(普通正しいのですが)、それが、神が私たちにするように召されたと信じることができます。しかし、この包括的なビジョンが私たちの人生のために与えられていることを無視するのです。神はあなたが何を達成するかよりもあなたが自分の人生をどのように生きたかの方がもっと関心を持っておられます。私たちの個人的な召しは良いものであり重要ですが、私たちの人生のための第一のビジョンはいつもイエスのそばに生きることなのです。

祈り:主よ。私のためのあなたの驚くべきビジョンを感謝します。それは、ある日、私はイエスのようになり、私がありのままのイエスを見るようになるということです。


ビジョンの達成

ダニエル8:15-9:19

ダニエルは二つの意味で「夢見る人(visionary)」でした。彼は神からの啓示を受けました。(「幻(vision)」 ― ダニエル書8:15-27には7回その語が登場します。」そして、彼の人生のゴールの明確な洞察(visionary)を持っていました。

今日の箇所の前半で、ダニエルは天使ガブリエル(聖書の中で天使の名前が告げられているのはこの箇所が最初です。)によって与えられた(神の啓示としての)幻を解釈しました。ガブリエルはダニエルに、彼が見た「終わりの時のこと(17)」についての幻を説明します。「この幻は…確かであり…それは遠い将来をしてしている(26,MSG訳)」

この幻の歴史の中での成就ともっと長期的な成就の両方があります。歴史的な成就は多分、ユダヤの歴史の特定の暗黒時代(中間時代[訳者註])に見出すことができます。BC 175年から BC 164年の間、彼らは異国の王によって支配されました。アンティオコス・エピファネス4世です。彼はユダヤ人を迫害しました。神を礼拝することを非合法化し、神殿を汚し、何千もの人々を殺しました。しかし、アンティオコスを操っていた霊は彼にこの世的な成功を彼に収めさせます(23-25)が、この同じ霊は世の終わりに現れる反キリストの霊でもあります(2テサロニケ2:3-8、ローマ13:11,14参照)。

ダニエルは「人手によらずに、彼は砕かれる。(ダニエル8:25)」と預言しました。アンティオコスの軍勢はエルサレムに進軍し、8万人のユダヤ人を虐殺し、ゼウス神の礼拝を強要しました。しかし、彼はBC 164年に原因不明の病気で突然不慮の死を遂げます。この預言は、イエスが再臨され、「御口の息をもって(2テサロニケ2:8)」悪魔を粉砕する時に最終的に成就するのを見るでしょう。

ダニエルはまた、他の感覚で先を洞察しました。彼は「聖書の言葉から」理解していました。「私、ダニエルは、みことばを黙想した。…預言者エレミヤの神のみことばに従って(ダニエル9:2,MSG訳、エレミヤ25:11-12、29:10参照)」捕囚は70年で終わろうとしていました。(すなわち、BC 587年からBC 516年の神殿の再建までの期間)

もしあなたが神があなたに、あなたの人生の特定のビジョンを与えて欲しいと願うなら、私たちはこの箇所から二つの鍵を見ることができます。第一に、すべての神が与えるビジョンは「みことばから」この地にもたらされ、私たちに理解をあたえる必要があるということです。第二に、ビジョンの成就は祈りをもって始められるということです。ダニエルは祈りを持って主に向きました。彼は、彼の祈りを聴いてくださる神の偉大さを意識したのです(ダニエル9:4)。

ダニエルの祈りは彼の心から神に溢れ流れ出たものでした。彼は神の偉大さと憐れみと自分自身の価値のなさを意識していました。しかし、彼はまた、彼の祈りに答える能力が神にあることを確信していました。

神はあなたにあなたの心にあることを話して欲しいと願っておられるのです。あなたは神に話すのを控えたり、検閲する必要はありません。あるいはあなた以外の何者かとなって神の前に出て行こうとする必要はないのです。神はすでにあなたのことをよくご存じです。神はそれをあなたから聞きたいのです。そしてあなたと一緒にそのことを話したいのです。あなたがこうでなければならないと考える方法ではなく、神があなたに設けられた方法で祈りなさい。

ダニエルは、彼らは神を無視し、自分の欲するままを行い、考え得るあらゆる道で罪を犯したことを告白しました。彼らは罪責と恥に満ちていたのです(3-16,MSG訳)」

しかしダニエルは、主を愛する者を神があきらめないことを知っていました(4,MSG訳)。そして「あわれみが私たちの唯一の望み(9,MSG訳)」であることを知っていました。

その土台に立って、彼は自分の町と国のために祈りました(17-19)。ダニエルの祈りは答えられました。あなたもまた、自分の町と国のために祈ることとが出来ます。そして神があなたの祈りを聴いてくださり、あなたに神が与えたビジョンが成就することを信じることが出来るのです。

祈り:主よ。私の町、私の国のためのビジョンを私に与えてください。あなたの御名のために、私たちにあわれみをかけてください。あぁ、主よ。リバイバルを与え、私たちを癒してください。あなたの御名に栄光がありますように。アーメン。

H.K

References

* Tricia Neill, From Vision to ActionAlpha International, 2013

Jackie Pullinger, Crack in the Wall, (Hodder & Stoughton, 1997) p.15

Joyce Meyer, The Everyday Life Bible, (Faithwords, 2014) p.2101