Tokyo Chapel

2018年3月17日

第76日

鮮やか過ぎる緑の芝。それは多分、人工芝です

あるネット会社が既婚の男性や女性が出会うためのオンラインサービスを始めました。このような出会い系サービスはこの会社だけではありません。会社同士の競争が激化して、ハイウェイ沿いの看板にはこのようなスローガンが踊っています。「隣の芝生は青い!」

基本的に、彼らのしていることは人の弱さに付け込んで金儲けをしているのであって、人に不忠実に生きることを勧めているようなものです。一見、魅力的に見えて、実は伴侶や、家族や、子どもたちをも巻き込んで人生を破壊させるものなのです。

イエスは、義とあわれみに併せて誠実の大切さを語りました(マタイ23:23)。誠実は御霊の実です(ガラテヤ5:22)。マザー・テレサは「私は成功のために祈りません。私は誠実を求めます。」と言いました。

神の私たちに向けられた誠実は、私たち自身の関係において従うことの例です。誠実は結婚生活において、友情や神との関係において、懸命に努力するべきものです。


人間関係において誠実であれ

箴言7:6-20

箴言は不誠実な生き方が危険だと忠告しています。この箇所は結婚関係以外の性的な関係が、男にとっても女にとっても愚かしいことなのだと教えています。

箴言は全体を通して、非常に異なる二人の女性の違いを対照しています。一方は8章に描かれている「知恵ある女(ヘブル語では「知恵」が女性形で記されている)」で、他方は姦淫に誘う女(この章)が描かれています。これらの教えは父が息子に与える教訓として表されています(それは私たち皆に当てはまるのですが…)。父は子に知恵を抱きしめ、姦淫を避けよと力説するのです。(7:1,8:32)。

誘惑はあらゆる所に潜み(17)、言葉巧みに引き寄せます(14-20)。時に不誠実への誘惑は「愛(18)」という言葉を装います。また「たそがれの、日の沈むころ、夜がふける、暗やみのころ(9)」と箴言は教えます。結婚生活を破綻に追い込む強力な罠であることを悟りましょう。

「誘惑はドアベルを鳴らし続ける。でもチャンスはたった一度しかノックしない。」ということわざの通り、性的な誘惑は蔓延しています。彼女は「町かどに立って待ち伏せる。(7:12)」のです。それは束の間の満足を提供しますが、それは欺きです。彼女は言います。「に酔いつぶれ、愛撫し合って楽しみましょう(18)」と。

時々、人々は「愛」という言葉を用いて不誠実を正当化しようとします。しかし、そこには愛はありません。それは浅はかで刹那的です。それは「朝になるまで(18a)」で終わってしまいます。何より悪いことは、これらの誘惑に関わることは不誠実であるということです。「夫は家にいません。遠くへ旅に出ていますから。(19)」

この道に従う者は良識に欠けるということです(7)。距離を保つことをしないことは間違いです。「彼は女の家への曲がりかどに近い通りを過ぎ行き、女の家のほうに歩いて行った。(8)」誠実に人生を生きることは、不誠実な行動を避けるまでに、あなたの思考と心の中で始まっているのです。不誠実の欺瞞の一部は心の中の秘密に横たわっています。「それは、たそがれの、日の沈むころ、夜がふける、暗やみのころだった。(9)」

不誠実は、現在や将来の結婚生活を破綻させ、人生を台無しにしてしまう可能性を持っています。結婚式の時に、命の日の限り、新郎新婦がお互いに誠実であることを約束するのはそのためです。「柵の外の芝生は青くはない。あなたが水をやる芝生が青いのです。」と言う言葉がしばしば言われます。実のところ、「もし、芝生が青く見えたなら、それは多分、人工芝なのです!」

祈り:主よ。私の人間関係すべてにおいて誠実であることができますように。結婚生活している人が伴侶に対して誠実でありますように。私たちの教会や、私たちの社会の中で結婚関係を守ってくださいますように。


神の召し、神の約束、神のメッセージに誠実に生きる

ルカ2:1-20

イエスの誕生の場面に登場する人々の誠実さは、霊的な感動をもたらします。

  1. 神の召しに誠実であれ
    私たちはどのようにヨセフがベツレヘムに向かったかを「身重になっているいいなずけの妻マリヤもいっしょに登録するため(5)」という飾り気のない説明で知ります。それは良く見られなかったに違いありません。ヨセフはマリアが不誠実ではなかったことを知りました。しかしながら、彼は周りの他の人たちの眼はそうではないことを知らなければなりませんでした。人々はあたかも彼女が不誠実であったように見たのです。彼はマリアと別れるという道を選ぶことも出来ましたが、御使いが語った通りにマリアを受け入れたのです。(マタイ1:19を見ると、主の御使いが彼に語るまでは早々に別れるつもりであったことが分かります。)

    しかしながら、ヨセフは神の召しに至って忠実でした。そしてマリアに対してもです。どんなに外からの目に曝されたとしても彼は忠実であり続けました。

  2. 神の約束に誠実である
    マリアは起こって来る事柄に当惑したに違いありません。しかし、彼女は彼女が語られたことを信じました。マリアは受け取った約束に忠実でした。「しかしマリヤは、これらのことをすべて心に納めて、思いを巡らしていた。(ルカ2:19)」これは、預言や神があなたに語ったかもしれない他の言葉を取り扱う際の素晴らしい例です。時々、あなたはそれらを心に留める必要があります。マリアのように、口を閉じ、同時に心を開き続けるのです。神のあなたへの約束を心に刻み、あなたの心で熟考しなさい。
  3. 神のメッセージに誠実である
    羊飼いたちのメッセージはとても異なりますが、それは「すべての民へのよき知らせ(10)」でした。彼らが御使いが語ったとおり、飼い葉おけの中に赤ん坊を見つけた時、「羊飼いたちは、この幼子について告げられたことを知らせた(17)」のです。あなたもまた、イエスについてのこの驚くべきメッセージを委ねられ、忠実に告げ知らせるように召されています。
  4. 神の誠実に信頼する
    結局のところ、これが神の誠実の説明です。神がマリアに、ヨセフに、羊飼いたちに約束されたすべてのことは実現しました。「見聞きしたことが、全部御使いの話のとおりだった(20)」のです。しかし、神の彼らへの誠実は、これから起こるもっと偉大なことの
    一部分なのです。私たちは旧約聖書の神のすべての約束の成就としてイエスが何をなされたかを理解し始めます。イエスは「ダビデの町(11)」で生まれました。そしてこの地上の父は「ダビデの家系(4)」でした。イエスは旧約聖書全体が「この方こそ主キリストです。(11)」と指し示している王として約束されていたのです。

    これは、「私はこの民全体のためのすばらしい喜びの知らせ(10)」です。私たちはここで、私たちにとってそれがどういう意味なのかを垣間見ます。その方を通してあなたが平和と神の恩寵を知ることができるのです(14)。あなたはもはや恐れの重荷を担い続ける必要はありません。「恐れることはありません。(10a)」キリストを知ることによって、あなたは神を知ります。イエスご自身が神です。イエスは「主(11)」です。神の誠実さと愛はすべてのものが立てられる土台なのです。

祈り:主よ。ありがとうございます。イエス・キリストにあって私に対してあなたは誠実です。あなたは私に希望、喜び、自由、目的を与えてくださいます。このメッセージを「すべての人々(10)」に語ることに誠実であることを助けてください。


神の誠実さに対して誠実に応える

民数記5:11-6:27

  1. あなたの伴侶に対して忠実である
    今日の箇所には結婚相手に対して誠実に生きる方法について詳細に描かれています(5:11-31)。箴言の箇所で見たように、姦淫に対しての警告です。この箇所には姦淫の結果を取り扱っています。

    しかしながら、この規定は性的な不誠実の疑いだけでは不十分であると認識されています。それは一歩間違えば単に嫉妬から生じた偽の訴えが起こる可能性がありました。女性を偽の訴えから守ることは特に重要でした。彼女たちの立場は古代の社会では至って弱かったからです。

    もし、女性が無実であれば、このテストは何も恐れる必要がありません。その水そのものは何の害もないのです。この規定は無実よりも有罪の場合に顕著に現れがありました。このテストを用いるかどうかは夫の判断に任されていました。ヨセフはこれを用いませんでした(マタイ1:19)。

  2. あなたの約束に忠実である
    ナジル人の請願(民数6:1-21)は生涯にわたるもの(サムソン、サムエル、バプテスマのヨハネなど)と一時的なものとがありました。それはすべての人に要求されたものではなく、ある人々の聖別の表現でした。それも特別な特典があるわけではありません。イエスご自身はナジル人ではありませんでした。(けれども、イエスは「ナザレ人」です。これは全然違います!)この箇所でのポイントは、もし私たちが神の前に約束するならば、約束に対して忠実であるべきだということです。
  3. 神の誠実さに対して誠実に応答する

    アロンとその子たちは神によって、神の祝福を、ご自身の民に語る方法を告げられました(24-27)。これはあなたや私を神がどれほど祝福したいと願っておられるかということです。

    神はご自身の臨在をもってあなたを祝福したいのです。あなたの上に御顔を輝かせ、「神はあなたに微笑まれます(25,MSG訳)」神はなたを恵まれたいのです(25b)。神は優しく、あわれみ深く、赦し、そして愛に満ちておられます。

    神はあなたにご自身の平和を与えます(26b)。人生の問題の真っ只中にあって、あなたを守ります(24)。神はあなたは悪から守り、神から遠ざからないように守りたいのです。神は最初から最後まであなたを祝福することを願っておられます。(24,27)

あなたが神のあなたに対する誠実さを経験する時、あなたの応答は、あなたのすべての関係において、神に忠実であるべきです。

あなたの今日の歩みの上にこの祝福がありますようにと祈ります。

祈り:
「主があなたを祝福し、あなたを守られますように。
主が御顔をあなたに照らし、あなたを恵まれますように。
主が御顔をあなたに向け、あなたに平安を与えられますように。」(民数記6:24-26)

H.K