2018年4月14日

第104日

タイタニックの過ちを避ける方法

映画「タイタニック」を撮影したジェームズ・キャメロン監督は、「タイタニックは人生の比喩です。私たちは皆タイタニックに乗船している。」と言いました。

タイタニックは1912年に建造された不沈船と呼ばれた最新技術を備えた豪華客船でした。船体は16からなる防水隔壁で区切られており、4つ以上の隔壁が損傷しても、船は浮かび続けるように設計されていました。

悲劇的に、同年4月15日午前2時20分に沈没しまし、1,513名の命が絶たれました。沈没の理由は当初、5つの防水隔壁が氷山と接触し損傷したためと考えられていました。

しかしながら、1985年9月1日、沈没したタイタニックの船体が海底に横たわっているのが発見され、当初考えられていたような、船体を引き裂くような損傷がないことが分かりました。調査によって実際は1つの隔壁の損傷しかないことが分かったのです。つまり一箇所の浸水が他のブロックにも影響していったのです。

多くの人々はタイタニックの間違いを犯します。人は人生は異なる隔壁で区切られた部屋で成り立っており、ひとつの部屋は残りの部屋に影響を及ぼさないと考えているのです。しかし、リック・ウォレンは「品格の隔壁は1つであって、区切れるものではない」と言いました。

ダビデは「私の心を一つにしてください。(詩篇86:11)」と祈りました。ダビデは「真実な心(78:72,NIV訳)」で民を導きました。極めつけに、イエスは「真実な方(マタイ22:16、マルコ12:14)」と呼ばれ品格の人でした。どのようにすればタイタニックの過ちを避けることが出来、真実な統合された生き方をすることができるのでしょうか?


関係における真実さ

箴言9:13-18

人間関係で品格ある真実な生活を送ることは簡単ではありません。誘惑はどこにでもにあり、強いものです。「愚かな女は、騒がしく、(13:1a)往来の人を招き(15)、『ここに来なさい』(16)」と言うのです。「盗んだ水は甘く、こっそり食べる食べ物はうまい(17)」と。

しかし、これは全くの欺きです。なぜ「盗んだ水は甘く、こっそり食べる食べ物はうまい」のでしょうか?実は、不誠実は霊的な弱体化へと導きます。「しかしその人は、そこに死者の霊がいることを、彼女の客がよみの深みにいることを、知らない。(18)」

使徒パウロは、もしあなたが、あなたの思考をあなたの罪深い性質に置くなら、その思いは死に導きますと記しました。しかし、「御霊による思いは、いのちと平安です。(ローマ8:6)」

祈り:主よ。あなたの霊によって、真実な人生を生きることができますように。隠れた罪を引き抜き、正真正銘の誠実な人生を生きることができますように。


金銭に対する真実さ

ルカ16:1-18

イエスが最もたくさん話した話題は、祈りや天のことを含む他の話題よりも金銭に関する事柄でした。イエスが語った38のたとえ話のうち12が金銭や持ち物に関することでした。ビリー・グラハムは「もし、一人の人が金銭にまっすぐな態度を取ることができるなら、彼らの人生のうちにすべての領域において、物事をまっすぐに正すことになるだろう。」と言いました。

今日の箇所で、イエスは正しい金銭に関する感覚を教えてくれます。イエスは抜け目のなさで誉められた、不正直な管理人の奇妙な例えを用いて始めています。

  1. 金銭は道具である。
    この世の人々は、神の民よりも金銭が道具であるということを敏感に、思慮深く、用心深くまた知恵深く捉えます。「主人は、不正な管理人がこうも抜けめなくやったのをほめた(8)」というのは、そのような見解です。ポイントは金銭は道具であり、永遠のために供することが出来るということなのです。「わたしはあなたがたに言います。この世の富を自分のために友を得るために用いなさい。そうすれば、富が過ぎ去ったとき、あなたがたは、永遠の住まいに迎えられるのです。(9,NIV訳)」

    イエスは宴会(14:25-24)と放蕩息子(15:11-32)のたとえを通して永遠に主と共に過ごす不思議について教えました。ここで、私たちはこの地上で使う金銭の用い方が永遠という結果と関連していることを思わされます。イエスの主な関心は「神の国の福音は宣べ伝えられ(16:16)」ることです。そして、永遠の視点を持って、あなたの金銭は神の支配と統治が人々の人生にもたらされるための道具として用いることができるのです。

  2. 金銭はテストです。
    イエスは不正直なしもべの不正直さをほめているのではありません。実は、その反対です。イエスは続けてこう言います。「小さい事に忠実な人は、大きい事にも忠実であり、小さい事に不忠実な人は、大きい事にも不忠実です。ですから、あなたがたが不正の富に忠実でなかったら、だれがあなたがたに、まことの富を任せるでしょう。(10-11)」

    金銭を含む、神があなたに与えたすべてのものの管理を忠実に行いましょう。金銭管理により忠実であるなら、神は「真の富」をより多くあなたに与えるのです。

  3. 金銭に惹かれない
    イエスは「しもべは、ふたりの主人に仕えることはできません。一方を憎んで他方を愛したり、または一方を重んじて他方を軽んじたりするからです。あなたがたは、神にも仕え、また富にも仕えるということはできません。(13)」と言いました。デートリッヒ・ボンへッファーが言ったとおりです。「私たちの心には一つのものに仕える余地しかありません。そして、私たちは一人の主にだけ割くことができるのです。」

    金銭は使うものであって愛するものではありません。人のために用いましょう。人を愛し、金銭は用いるのです。

    脅威は、金銭を愛することが神を憎むことにつながることです(13)。パリサイ人は金銭を愛し(彼らは「守銭奴」,MSG訳でした。)そして、イエスを罵ったのです(14)。金銭に対して反対の態度を取りなさい。それを「憎む(13)」のです。言い換えれば、気前よく与え、あなたの愛を金銭に向けることをしないことによって、金銭に囚われないことです。「神は、あなたがたの心をご存じです。(15)」

祈り:主よ。あなたが私を信頼して任せてくださっているすべてのものをしっかりと管理することができますように。正直に、そして堅実に。気前よく与え、私の思いがお金ではなく、あなたに向くことを助けてください。


真実なライフスタイル

申命記21:1-22:30

これらの律法の多くは当時の時代背景において目的を持っていました。たとえば、食物規定などが象徴的です。それらは神の民にきよさを追及することを教育したのです。

他のものは、私たちにとってショッキングですらあるのですが、その当時の基準としては驚くほど進歩したものでした。たとえば、捕虜の女をどのように取り扱うかについての制限がありました(21:10-14)。彼女に屈辱を与えてはならず、自尊心を傷つけてはなりませんでした(14)。

性的な関係における尊厳がありました。神は婚前交渉や雑婚(22:21)、姦淫(22)、レイプ(25-27)、近親相姦(30)について懸念しています。今日の新約聖書の箇所で見たように、イエスご自身も結婚の誓約とそれを重んじる必要を強く語っておられます(ルカ16:18)。

神はまた、弱い者を守ることを懸念しておられます。レイプはいつどこにあっても忌むべき犯罪です。しかし、古代社会において、それはまた女性の結婚の機会を低めるものでした。レイプした者が償いを支払い、相手の女性を妻とする義務をもっているという背景がこれにはあります(申命記22:29)。しかしながら、出エジプト記22章17節の同じ記事で、これは、女性がこの男と必ずしも結婚しなければならにということを意味してはいないことを明らかにしています。この律法はレイプの被害者を守るために定められたものであって、結婚を強要して苦難を増し加えることが目的ではありません。

配慮は隣人に対してはかられるべきものです(申命記22:1-3)。それはあなたの隣人の邪魔をしないというだけでは十分ではありません。積極的に良いことをするのです。必要を無視することは間違いです。「知らぬふりをしていることはできない。(3)」

私たちはここに、現在の法律における隣人に対する「注意義務」の発祥を見ることができます。あなたの資産(家、車、バイクなどなど)を安全に保ち、あなたの隣人のものを阻害しないようにすることです。「安全にすること(8,MSG訳)」です。

今日の箇所はとてもチャレンジを与えます。これらの領域に私は足りなさを覚えます。

これらの律法の中にあって、手がかりをつかむことができます。「木につるされた者は、神にのろわれた者だからである。(21:23)」パウロはガラテヤ人への手紙にこの箇所を引用してその意味を私たちに説明しています。「律法の行いによる人々はすべて、のろいのもとにあるからです。(3:10)」と記しています。これは律法ののろいです。しかしながら、素晴らしい知らせがあります。イエスはご自身が十字架(木)にかかることによって、そののろいを一身に受けてくださったのです。

「キリストは、私たちのためにのろわれたものとなって、私たちを律法ののろいから贖い出してくださいました。(13)」その結果、私たちは皆、信仰によって約束の御霊を受けることができるのです。(14)

人生を生きる中での私の失敗は律法を守ることに失敗したことを意味します。それゆえ、私は神ののろいのもとにありました。しかし、イエスは私のために十字架の上でのろいとなられました。イエスが木にかけられたことは、ご自身があなたや私にかわって神ののろいを引き受け、そして私たちは贖われ、自由となり、完全な真実さを生きることを導いてくださる聖霊を受ける約束を得たのです。

祈り:主よ。この受難週、あなたが私のために死んでくださったことを感謝します。私は赦され、あなたの聖霊の賜物を受けることができるようになりました。あなたの霊によって、真実な心で人生を送らせてくださいますようにお願いします。アーメン。

H.K

References

Dietrich Bonhoeffer, The Cost of Discipleship (New York: Macmillan Books, 1970) p.196

Rick Warren, Daily Hope with Rick Warren, ‘Take the First Step to Integrity’ November 2014, accessed via:http://rickwarren.org/devotional/english/take-the-first-step-to-integrity [last accessed March 2016]