Tokyo Chapel

2019年10月1日

第274日

祝福マシンになる方法

あなたの周りにいる人々の人生をあなたが変えることが出来るかどうかを今まで考えてみたことはありますか?

私は一度、テレビのリアリティー番組のエピソードを見ました。ケビン・グリーンの「秘密の億万長者(The Secret Millionaire)」です。身分を隠した億万長者が人々を捜索して、経済的な支援をもたらすという番組です。億万長者はホームレスや薬物依存症のティーンエイジャーや障碍を持つ子どもたちなど幅広い人々と一緒に働き、約10万ドルを与えます。それらすべての人々の反応はとても感動的です。彼らはとても感謝し、彼らの働きはとても恩恵をもたらします。彼らは祝福され、他の人々により大きな祝福を与えます。

しかしながら、番組の中で最も興味深かったのはケビン・グリーンが変わったことです。彼は他の人々の喜びとなるという新しい道を体験したのです。その結果、彼の人生が変わりました。イエスの言葉は真理です。「受けるより与える者が幸いです(使徒20:35)」

ブライトンの聖ペテロ教会の主任牧師であるアーキー・コーツは教会が「祝福マシン」であると語りました。これは確かに私たちがクリスチャンとして称されるべきものです。教会としても、個人としても、あなたは本当に祝福マシンとなることが出来るのです。


神は究極の祝福マシンです

詩篇115:12-18

あなたを他の人の人生を変えることが出来るようにすることが、あなたの人生への神の祝福です。神はすべての祝福の源です。神はあなたを祝福するために愛しています。詩篇の作者はこれを何度も何度も繰り返します。5回にわたって立て続けにどのように主が私たちを愛したかについて語ります(13-15)。

神はただの億万長者ではありません。神は「主は、天と地を造られた方である。天は、主の天である。(15b-16a)」尋常ではない寛大さをもって、神は地を「人の子らに与えられた(16b)」のです。

神は祝福するために愛します。祝福への適切な応答は感謝です。「私たちは主を祝しますあぁ、そうです。私たちは今、主を祝し、私たちはいつも主を祝します!(18,MSG訳)」

祈り:「主をほめたたえよう。(18c)」主よ。すべての霊的祝福をもってキリストにあって私を祝福してくださったあなた(エペソ1:3参照)を賛美し尽くすことはできないほどに、あなたの祝福は大きいのです。


他者への祝福マシンとなる

ピリピ2:12-30

実際に、あなたはどのようにしてあなたの周りにいる人々を変えることが出来るのでしょうか?

私たちは「神の子どもたち(15)」です。あなたは、祝福するために愛してくださる天の父に似た者になるように召されています。あなたは自分自身の救いを実現する責任があります。(そのために、神の恵みがあなたの生活のあらゆる領域に影響を与えるのです。)「神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行わせてくださるのです。(13)」

多くの人々は自分の将来について神に信頼することに消極的です。なぜなら、彼らは神が自分たちの願っていない何かをさせるのではないか、あるいは、自分たちの人生を台無しにしてしまうのではないかと恐れるのです。もちろん、それらはどちらも根拠のない恐れです。

もし、あなたの意思が神に明け渡されているなら、神はあなたに、神があなたに呼び掛けていることはどんなことでもしたいという願いを与えてくださいます。もし神があなたを貧しい人のための働きに召しておられるなら、あなたの心はそこにあります。もし神があなたを教えることに召しておられるなら、神はあなたに教えたいという願いを与えてくださいます。もし、あなたが神のみこころに従いたいなら、神は「ご自身の良い目的(13,NIV訳)」を与えてくださいます。

神があなたの人生に願っておられる事柄は良いことです。それは必ずしも簡単なことではありませんが、あなたが神の計画を「改善できる」ことはあり得ません。神はまたあなたに必要なエネルギーを与えてくださいます。「そのエネルギーは神のエネルギーです。エネルギーはあなたの内の深い所にあります。そこにある意思と働きは、神ご自身の最も楽しみとするものです。(13,MSG訳)

パウロは「祝福マシン」となる喜びを知っています。彼は「すべてのことを快く朗らかにしなさい。些細なことで言い争ったり、ああすればよかったと後から愚痴をこぼしたりしてはなりません。純粋さを損なわせることなくこの世に出て行きなさい。新鮮な空気を吸って、このむさくるしい、汚染された社会へと。人々が良い生活と生ける神を垣間見ることが出来るようにしなさい。(14-16a,MSG訳)」

あなたは、金銭だけではなく、「いのちのことば(16a)」を人々に与えることが出来る者となるという計り知れない特権を持っています。霊的に死んでいた人々がイエスを通していのちに至るのを見ることほど大いなる喜びはありません。

パウロはこの特権のためなら喜んで自分の命を与えたいと願いました。「たとい私が、あなたがたの信仰の供え物と礼拝とともに、注ぎの供え物となっても、私は喜びます。あなたがたすべてとともに喜びます。あなたがたも同じように喜んでください。私といっしょに喜んでください。(17-18)」

パウロは「祝福マシン」とどのようにしてなるかを示してくれた二人の友の例を示します。

  1. 他者への純粋な関心を持つ
    パウロの最も親しい友であるテモテは、しばしばパウロの手紙の中で触れらています。テモテの忠誠と助けは、「子が父に仕えるようにして(22)」とパウロが描くほど大きいものでした。

    パウロはその友に「彼は忠実であり、純粋にあなたのことを想っている(20,MSG訳)」と賛辞を送りました。それと比較して、パウロは「ここで取り囲んでいるほとんどの人々は自分自身のことしか気にかけていない。(21,MSG訳)」」と言い、利己主義に光を投げかけます。

    テモテは「祝福マシン」でした。なぜなら、彼は神の子どもたちの幸福について「純粋な関心」を持っていたからです(20)。テモテの関心は「りっぱな働きぶり(22)」によって全体的に信頼性があります。パウロは「彼は私といっしょに福音に奉仕して来ました。(22)」と言っています。
  2. 他者に代わって勇気を表す
    エパフロデトもまた、パウロにもピリピの人々にも共に忠実な友でした。彼の真実な性格は大きなことにも、小さなことにも当てはまりました。そしてしばしば、小さなことに大きく表されるものです。死にかけるほどの深刻な病気になったとき、病気になったことも死にかけたこともエパフロデトの問題にはなりませんでしたが、そのことで彼らが慌てているかもしれないということが彼を悩ませました。エパフロデトは、病気になったとき、その病気のことはさほど心配せず、家族や友人に心配をかけるということが気がかりな人のようです。

    パウロはエパフロデトを「私の兄弟、同労者、戦友(25)」と呼んでいます。エパフロデトは「いのちの危険を冒して(30)」その友であるパウロのために尽くしたのです。この表現をもっと字義通りに訳すなら、「彼の命を賭けた」と表現することができます。

    初代教会において、「ばくち打ち(gamblers)」と呼ばれる共同体に属する男たち女たちがいました。その人たちは病人や囚人のための働きをしました。例えば、カルタゴの司教キプリアヌスはAD 250に始まった疫病の間、著しい勇気を示しました。すべての人々が病気や死から逃げようとしていた所でキプリアヌスと他のクリスチャンたちは死体を埋葬し、病人を世話し、自分のたちの危険をかえりみず町を救いました。

    エパフロデトは、係争中で首都に拘留されているパウロに協力することで「彼の命を賭け」ました。それによって彼もまたパウロのように捕えられるかもしれないという危険があったのです。エパフロデトはパウロに代わって向こう見ずとも言える勇気を示したのです。彼もまた「祝福マシン」でした。

祈り:主よ。不満をこぼしたり、議論したりすることなくすべてのことをすることができるように助けてください。今日、だれかにいのちのことばを差し出すことが出来るように助けてください。


神の祝福に背を向けない

エレミヤ2:31-4:9

もしあなたが、神と共に近しい関係に歩むという祝福を経験しているなら、あなたの周りにいる人々は「祝福に巻き込まれるようになる(4:2,MSG訳)」のです。

預言者エレミヤは人々に主に立ち返るように勧めました(1)。神はあなたを祝福することを切望します。「あなたは、あなたの悪臭を放つ罪の道具を除去しなければならない。そして二度とわたしから離れ去ろうと考えてはならない。そうすれば、あなたは「神は生きておられる…」という言葉を言うことが出来、その意味が真実で正しいことであることがわかる。そして神なき国が祝福に巻き込まれるようになるのだ。(1b-2a,MSG訳)」

神はご自身の民を、そしてすべての国々を祝福したいと切望しておられました。しかし、彼らはこの祝福に背を向けたのです。エレミヤは「あなたがいる所に留まるならあなたは断ち切られ、多くの人々が傷つく(34,MSG訳)」と神から偽りの偶像に向かう危険性を民に警告しました。彼らは不忠実だったのです(3:1b)。

繰り返し繰り返し、主は彼らに戻るように呼びかけました。「背信の女イスラエル。帰れ。…わたしは恵み深いから。…また、あなたがたに、わたしの心にかなった牧者たちを与える。彼らは知識と分別をもってあなたがたを育てよう。…わたしはどのようにして、あなたを息子たちの中に入れ、あなたに、慕わしい地、諸国のうちで最も麗しいゆずりの地を授けようかと思っていた。また、わたしは、あなたがわたしを父と呼び、わたしに従って、もう離れまい、と思っていた。(12,15,19)」

主はあなたの外見よりもあなたの心に関心を寄せています。あなたは神に知らないふりをすることはできません。「ユダは、心を尽くしてわたしに帰らず、ただ偽っていたにすぎなかった。(10)」主は勧めます。「主のために割礼を受け、心の包皮を取り除け。(4:4)」旧約聖書の中でさえ、神は「心の」割礼(心を尽くして主にささげること)について語っています。それこそが神の願いです。

もし、どんなことであれ、あなたが主に背を向けようとしていたのなら、あなたの心を尽くして今日主に立ち返りましょう。

祈り:主よ。今日、私が持っているすべてのもの― 時間、お金、所有物、その他のすべてのもの…をあなたに捧げます。あなたがわたしを祝福したいと、そして私を通して他の人々を祝福したいと切望しておられることを感謝します。どうか今日、私を「祝福マシン」と成させてください。アーメン。

H.K