2018年12月5日

第339日

あなたのための神の目的

人生の目的は財産や所有物よりはるかに大切です。生きるためにもっとたくさんの物を持つ事は、何のために生きるのかをもっと知ることに代えることは出来ません。「あなたの人生で最も大切な日が二つあります。一つは生まれた日、もう一つはあなたがなぜ生きているのかを発見した日です。(マーク・トゥエイン)¹」

神は特定の目的をあなたのために持っておられます。私達皆に対する神の一般的な意思は聖書の中に啓示されています。今日の箇所で、神があなたのために願っておられること、そしてすべての人々に願っておられることを私たちは見ます。

¹この格言はしばしばマーク・トゥエインの言葉とされていますが、おそらく、元々は彼の言葉ではなく、匿名の作者のものと考えられます。


神に知られること、神を知ること

詩篇139:1-10

神が私たち皆に召しておられるのは、神に知られている者となり、神を知る者となることです。「主よ。あなたは私を探り、私を知っておられます。(1)」

多分、これはダビデが自分の人生を通して神がどのように導いてくださったかを老年になってから回顧したものです。「あなたは前からうしろから私を取り囲み、御手を私の上に置かれました。(5)」これは神の選びの小径に沿うように神の愛と優しい御手が彼の上に置かれたことについて語っています。

あなたは神の臨在から逃れることはできません。神はすべてを知っておられ(2)、神はどこにでもおられます(7-10)。導きを求めて神を見上げましょう。「そこでも、あなたの御手が私を導き、あなたの右の手が私を捕らえます。(10)」

祈り:主よ。私はあなたの導きを切に求めます。ここであなたの御手が私を導くことを約束してくださりありがとうございます。あなたの右の手が素早く私をとらえます。


神に愛されること、永遠に愛すること

1ヨハネ5:1-21

あなたの信仰をイエス・キリストに置いた瞬間、あなたは「神によって生まれたのです。(1)」あなたは、「愛である」お方なる神のとても愛された子どもとなったのです。

私達は天におられる私たちの父を愛します。それゆえ、私たちはそのお方のすべての子どもたちを愛すべきです。長年にわたって、ピッパと私は、私たちの友達の子どもたちが生まれた瞬間から、その子たちに特別な愛を持っているように思えます。これは、私たちがその子どもたちの両親を愛しているからです。ヨハネは書きます。「生んでくださった方を愛する者はだれでも、その方によって生まれた者をも愛します。(1)」

自分たちの子どもたちを愛する両親たちが、その子たちが自分たちの将来について自信を持つことを願うように、神はあなたに、あなたの将来について自信を持って欲しいのです。

あなたの信仰をイエス・キリストに置いた瞬間、あなたは「神によって生まれたのです。(1)」そして、「永遠のいのち(12)」を受け取ったのです。しかし、あなたはそれをどうして確信することができるのでしょうか?聖ヨハネは、これがこの手紙の目的であると告げています。「私が神の御子の名を信じているあなたがたに対してこれらのことを書いたのは、あなたがたが永遠のいのちを持っていることを、あなたがたによくわからせるためです。(13)」

この箇所で、私たちは本当のクリスチャンかどうかを試す3つのテストを見ます。

  1. 信仰
    「イエスがキリストであると信じる者はだれでも、神によって生まれたのです。…なぜなら、神によって生まれた者はみな、世に勝つからです。私たちの信仰、これこそ、世に打ち勝った勝利です。世に勝つ者とはだれでしょう。イエスを神の御子と信じる者ではありませんか。(1a,4-5)」

    クリスチャンとはイエスに信仰を置く人です。そうすることにおいて、あなたは神の子となります。


  2. 「生んでくださった方を愛する者はだれでも、その方によって生まれた者をも愛します。(1b)」

    本当の信仰の証拠は愛です。その愛とは、神への愛、イエスへの愛、他者への愛です。信仰は愛に表されます。

  3. 従順
    「私たちが神を愛してその命令を守るなら、そのことによって、私たちが神の子どもたちを愛していることがわかります。神を愛するとは、神の命令を守ることです。その命令は重荷とはなりません。(2-3)」

    この愛は単なる感覚ではありません。それは行動を伴います。その行動とは、神の戒めに従うことです。

ヨハネは続けて3つの証しについて語ります。あなたはイエスが神の子、キリストであるとどのようにして確信できるのでしょうか?神は3つの証しを持っています(6-8)。


  1. イエスがバプテスマを受けた時、神は証言されました。「これは、わたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ。(マタイ3:17)」聖礼典としてバプテスマは「」に焦点が当てられます。

  2. あなたのためにイエスが十字架で流された血は第二の証しです。イエスは「水ととによって来られた方です。ただ水によってだけでなく、水ととによって来られたのです。(1ヨハネ5:6)」聖礼典として聖餐式は「」に焦点が当てられます。
  3. 聖霊
    聖霊は私たちの心にイエスが神の子であると証しします(6,10)。聖霊は真理の御霊です(6)。「それで私たちは、真実な方のうちに、すなわち御子イエス・キリストのうちにいるのです。この方こそ、まことの神、永遠のいのちです。(20)」

    アルファ・ウィークエンドで、例えば、それぞれのゲストが祈ってもらうチャンスがあります。そして聖霊に満たされたいかどうかを尋ねます。多くの人々にとって、これはアルファでの鍵となる瞬間です。彼らが聖霊に満たされる時、彼らは神との関係を現実に体験します。そして彼らへの神の愛を確信します。神のこの経験は彼らの信仰を確かにし確立します。²

神はあなたにイエスが本当に神の子、キリストであることを確信して欲しいのです。神はあなたにあなたが御子の内にいのちを持っていることを知って欲しいのです(11)。実にあなたは「永遠のいのち」を持っているのです。(13)

神はあなたに神に近づく確信を持って欲しいと願っています。「何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です。私たちの願う事を神が聞いてくださると知れば、神に願ったその事は、すでにかなえられたと知るのです。(14-15)」

時々、あなたは神の御意思が何であるかを知ります。それは聖書の中にはっきりと述べられています。別の時には、あなたはそれがはっきりとは分からないことがあります。どのような状況でも、あなたは祈りの中で「あなたの御心がなりますように。」と付け加えることが出来ます。

もし答えが「よし」であれば、神はあなたに信仰を増し加えるでしょう。もし答えが「待て」であれば、神はあなたに忍耐を増し加えるでしょう。もし答えが「いいえ」であれば、神はあなたの思いにもっと良い何かを与えるでしょう。神の御心が「良いことで、神に受け入れられ、完全である(ローマ12:2)」ということを信頼しましょう。

ヨハネは私たちに「神によって生まれた者はだれも罪を犯さない[犯し続けない(NIV訳)](1ヨハネ5:18a)」とチャレンジしています。言い換えれば、かつて私たちがキリストに立ち返る以前に私たちがしていたように、私たちは意図的に罪を継続してはならないのです。しかしながら、彼はまた神の素晴らしい約束を私たちに思い起こさせます。「神から生まれた方[イエス]が彼[あなた]を守っていてくださるので、悪い者は彼[あなた]に触れることができないのです。(18b)」あなたはイエスの愛の御腕の中にあって安全なのです。

祈り:父よ。あなたがイエスの愛の御腕の内に私たちを安全に守ってくださり、私を愛してくださることを感謝します。私がすべてのあなたの子どもたちを愛することができますように。

²私たちの信仰を確かにし、強める聖霊の働きはまた、教会の典礼的伝統においても認識されてます。英国国教会(聖公会)においては、堅信礼は聖霊に焦点が当てられます。


神に祝福されること、祝福すること

ダニエル11:36-12:13

神はあなたが他者を祝福する者となるようにあなたを祝福なさいます。

この箇所の始めにあたって、作者の思いはすでにアンティオコス・エピファネス4世の時代(BC 215-164年。自分の思い通りに統治した王,11:36a)から世の終わりへと変わっています。

私達は墓の向こう側のいのちについて断言している偉大な旧約聖書の箇所の一つをここに見ます。「しかし、その時、あなたの民で、あの書にしるされている者はすべて救われる。地のちりの中に眠っている者のうち、多くの者が目をさます。ある者は永遠のいのちに、ある者はそしりと永遠の忌みに。思慮深い人々は大空の輝きのように輝き、多くの者を義とした者は、世々限りなく、星のようになる。(12:1b-3)」

あなたは永遠に続くいのちを持っています。ある日、あなたは永遠に星々のように輝くでしょう。それまでの間、純化される過程が為されることが必要です。「多くの者は、身を清め、白くし、こうして練られる。(10)」自分自身を導くのと同様に、他者を「いのちへの正しい小径に(3,MSG訳)」導きなさい。あなたへの神の目的は、イエスが世界を贖うために帰って来られるのを座ったままでじっと待つということではありません。神はあなたの人生を、今を変えていくように用いることを願っておられます。あなたは、自分の周りの人々を祝福するように召されています。

私達はお互いに自分自身を訓練するのを助けるように召されているのです。私は年配の、知恵ある良き師たちと同様に親しいクリスチャンの親友に長年にわたって励ましと支えとチャレンジを受けたことをとても感謝しています。良き師を持つことはとても助けとなります。そして、私たちより信仰において若い人々の助けを求めることを意志することはとても助かります。私たちがお互いにチャレンジし助ける時、私たちは皆、自分たちの訓練において成長します。

ダニエルは言いました。「そしても君もか?やきもきしたり、くよくよしたりせず、自分の務めを果たしなさい。リラックスしなさい。それらすべてが終わるとき、あなたは立ち上がって自分の報奨を受け取ることになります。(13,MSG訳)」ダニエルのために設けられたこの約束はなんと素晴らしいことでしょうか。彼は自分の仕事の人生も預言者としての務めも両方勤勉に果たしました。今、休む時がくるのです。神は彼が受け継ぐべき遺産を割り当てられたのです。

あなたも永遠のいのちのこの約束を持っています。そして、あなたは永遠に続く星々のように輝くのです。

祈り:主よ。あなたが私をこんなにも祝福してくださってありがとうございます。私が他者を正しい小径に導き、彼らに祝福を取り運ぶことが出来ますように。アーメン。

H.K