Tokyo Chapel

2018年6月9日

第160日

忠誠を追い求める

2007年、23人の韓国人宣教師がアフガニスタンでタリバンに拘束されました。恐怖におののく彼らはタリバンによって、グループは一人づつ隔離され、所持品は没収されました。一人の韓国人女性が自分の聖書を持っていました。彼女はそれを23の部分に分割してこっそりとメンバーに一つづつ手渡し、その結果それは彼らの手元に残りました。それぞれが、監視の目のないところで、切り分けられた聖書を読むことができたのです。

そのグループはタリバンが彼らを一人づつ殺すことにしていたのを知っていました。一人、また一人と宣教師たちは自分の命をイエスに捧げて言いました。「主よ。もしあなたが私が死ぬことが御心ならば、私はそうします。」そして牧師は言いました。「彼らが私たちを殺し始めようとしていたので、私はタリバンと話をしました。私はリーダーに言いました。もし誰かが死ぬのなら、まず最初に死ぬのは私です。なぜなら私はあなたの牧師だから。」もう一人が言いました。「いいや違う。私も牧師だ。そして私はあなたより年長だ。私が最初に死ぬ。」

それから、牧師は戻って来て言いました。「あなたは牧師に任命されていない。私はされた。だから最初に死ぬのは私だ。」そして、言ったとおり、彼は最初に死にました。あと二人が殺された後で、残りの人々は最終的に救助されました。彼らは尋常ではないほどの神への、そしてお互いの忠誠を見せたのです。

忠誠とは愛と忠実のコンビネーションです。それは今日の私たちの社会ではしばしば欠如している資質です。不義は家族、教会、ビジネス、政党、そして国までも滅ぼすものです。


あなたの計画に神に忠誠を追い求める

箴言14:15-24

私たちの一番目の忠誠は神に対するものです。神の恩寵は「神に忠誠をつくす者(19,MSG訳)」たちに向けられています。

箴言の教えはとても現実的な知恵に満ちています。たとえば、あなたが何を信じているかについて見極めなければならない時、それはあなたの励ましとなります。「騙されやすい人は言われたことを何でも信じる。思慮深い人はすべての言葉をふるいにかける(15,MSG訳)」究極の知恵はあなたが神とどのように関わっているかについてです。「知恵のある者は主を恐れ、悪を避け(16,NIV訳)」

神を恐れるとは、神に従うことを大切にする健康な態度です。それはあなたのすべての計画を主の手の中に含めて頂くことを意味します。あなたが立てる計画にとても注意深くありなさい。それが良いことのためで悪のためでないように。ゆくゆくは、「悪者どもでさえ、神に忠誠をつくす人々を敬うようになる」(19,MSG訳)のですから。

「良いことを計画する者たちは誠実を見出す。(22b,NIV訳)」ここで「見出す」という語は、時々「見せる」と訳されます。どちらも真実です。良いことを計画する人にはただ愛と誠実を見つけるだけではなく、同じように愛と誠実を見せるのです。これは、愛と誠実を見せること、すなわち忠誠のそのものです。それは自己中心的な悪だくみをして道を踏み外す人々と対照的です。

祈り:主よ。私の計画において、私が知恵深く、神に忠誠を尽す者でありますように。私たちが、神に忠誠を尽す民の共同体として良いことを計画し、愛と誠実を見出すことができますように。


あなたの言葉にイエスへの忠誠を追い求める

使徒5:12-42

弟子たちは人々の中へ出て行って、良い知らせを語り、多くの奇跡的なしるしと不思議を行いました。「主を信じる者は男も女もますますふえていった(14)」のです。その結果、「人々は病人を大通りへ運び出し…大ぜいの人が、…集まって来たが、その全部がいやされた。(15-16)」

悲しむべきことに、弟子たちの目を見張る業は、宗教指導者たちのねたみを買いました(17)。気をつけましょう。そのような誘惑である「ねたみ」は「宗教的」と思われる人々の中に起こるものだからです。彼らは嫉妬心から、使徒たちを捕らえ、留置場に入れたのです(18)。しかし神はここでも奇跡を起こされました。夜、主の使いが牢の戸を開き、彼らを連れ出したのです。

大きな勇気をもって、彼らは「行って宮の中に立ち、人々にこのいのちのことばを、ことごとく語りなさい(20)」と言う命令に従いました。

彼らが捕らえられた時、その場所はまさに最初に彼らが捕らえられたその場所だったのです。彼らは再び捕らえられてサンヘドリン(議会)の前に連行され、祭司長たちから質問を受けました。「あの名によって教えてはならないときびしく命じておいたのに、何ということだ。…そのうえ、あの人の血の責任をわれわれに負わせようとしているではないか。(28)」

ペテロや使徒たちの答えは、神と彼らの召しに対して忠実でした。彼らは返答しました。「人に従うより、神に従うべきです。」(29)

イエスは、かつて「カイザルのものはカイザルに返しなさい。そして神のものは神に返しなさい。(マタイ22:21)」と言いました。この言葉の中に、イエスはこの世の中の権威と、この世に対する忠誠には限界があることを示されたのです。それが、神への忠誠と対立する場合には、神への忠誠が優先するのです。神への忠誠から、彼らは、たとえ法廷に引き出されても福音を宣べ伝え続けたのです。

彼らの弁明(それは使徒5:30-32のたった3節しかありませんが)は説教のモデルです。すべてはイエスについてです。彼らはそんなにも短いプレゼンテーションでそんなにもカバーできたということは何と驚くべきことでしょう。彼らは十字架、復活、そしてイエスの昇天について説教しました。彼らはイエスを神の御子そして救い主として宣言しました。そのトークには救いの方法についての記述も含まれています。悔い改めと罪の赦しについてです。

付け加えるなら、彼らは三位一体についても取り扱いました。父なる神(「私たちの父祖たちの神」,30)、子なる神(「イエス」,30)そして、「聖霊(32)」なる神です。この説教は、死の脅かしに直面した韓国の宣教師たちのように、そのような怒りに取り囲まれた状況で生み出されたものなのです。

しかしながら、神の取り計らいによって、サンヘドリンの中に知恵のある人物がいました。パリサイ人でガマリエルという人です。彼は同僚の議員たちに、当時起こった事件を例に上げて、もし使徒たちの目的と行為が人間から出たものであれば、それは潰えるものであると指し示したのです。しかし、もしそれが神からのものであれば、あなたがたはこの男たちを留めることはできないだろう。自分が神と敵対して闘うことになってしまうからだと言いました。(38-39)

彼の演説は彼らを説得させましたが、それでもなお、使徒たちはむち打たれ、「イエスの名によって語ってはならない(40)」と命じられたのです。

ここで、再び、尋常ではない勇気と神と彼らの召しに対する忠誠をもって「使徒たちは、御名のためにはずかしめられるに値する者とされたことを喜びながら、議会から出て行った。そして、毎日、宮や家々で教え、イエスがキリストであることを宣べ伝え続けた」のです。(41-42)

祈り:主よ。弟子たちや、弟子たちの足跡を辿った韓国の宣教師たちの姿に思いを寄せます。私たちがイエスがキリストであるという良き知らせを教え宣言することを決して止めることがないようにしてください。


あなたの心のうちにお互いの忠誠を追い求める

2サムエル14:1-15:12

忠誠は人の内に見られる本当に魅力的な品格です。不義は信頼を破壊し裏切るものです。不義は教会や、ビジネス、そして国家でさえその土台を揺るがすものです。

ダビデの場合、不義は彼自身の息子からやって来ました。これはダビデにとって大きな痛みとなりました。ダビデはアブシャロムを愛していました。「王の心はアブシャロムを切望していた(14:1,NIV訳)」神はテコアの賢い女の子を用いて語られました。その結果、ダビデは「若者アブシャロムを連れ戻しなさい。(21)」と命じ、戻って来たとき、「王はアブシャロムに口づけした(33)」のです。ダビデは彼に忠誠を尽す息子であり続けるための機会を設けたのです。

悲劇はダビデのアブシャロムに対する愛と誠実はアブシャロムには通じず、悲しい反逆の様が描かれています。

不義をもたらす機会はいつもあります。政治、職場、教会、あらゆる場所、状況において、不満を抱いている人々の中に起こってくるのです(15:2)。もしあなたが忠誠を尽す人であるなら、これらの不満や、それを拡散しようとする企てを取り扱うことを正しく取り扱いましょう。

「忠誠とは、あなたが間違っていても正しくてもどちらであっても私はあなたに寄り添うことを意味します。しかし、あなたが間違った時には、私はあなたに告げて、あなたが正解をつかむことを助けます。」と言う格言の通りです。

アブシャロムは忠誠のテストに不合格でした。彼は不満を持つ者たちに「ご覧。あなたの訴えはよいし、正しい。だが、王の側にはあなたのことを聞いてくれる者はいない」と言い、さらにアブシャロムは、「ああ、だれかが私をこの国のさばきつかさに立ててくれたら、訴えや申し立てのある人がみな、私のところに来て、私がその訴えを正しくさばくのだが」と言っていたのです(3-4)。

もちろん、これは全くナンセンスなことです。しかし、人はこの種の約束にまんまと乗ってしまうのです。不忠実な者は言います。「私にさえ任せてくれれば、すべてはうまくいくのに」と。このようにして、アブシャロムは「イスラエル人の心を盗んだ。(6)」のです。不義は心の中でそして思考の中で始まります。ですから忠誠をつくしましょう。あなたの心と思考を守り、あなたの心が盗まれないようにしましょう。

しかしながら、ここで彼らはアブシャロムの周りに結集地を見つけ、「この謀反は根強く、アブシャロムにくみする民が多くなった(12)」のです。不平不満を感じる者たちはどんな状況でもいつでも結集する場所を探します。そして彼らが結集できるように誰かリーダーになってくれないかと首謀者を探すのです。もし、リーダーシップ・チーム全体が忠実であるなら、不満分子の策略は失敗に終わるのです。

祈り:主よ。私たちが、自分たちのリーダーに対して忠誠を保つことが出来るように助けてください。私たちの国家や政府の指導者、両親、教会のリーダー、そして上司に。私たちの心を守り、あなたや人々の中で忠誠を保ち、愛し、忠実であることができますように。アーメン。

H.K