Tokyo Chapel

2018年11月22日

第326日

霊的に成長する方法

私は最初の晩をよく覚えています。いつも私たちは微かな音を聞くと、私たちはベッドから飛び起きて、彼を抱き上げました。彼は本当に小さくて、手のひらに入ってしまうくらいでした。新しい命の誕生。私たちの最初の子が生まれたのです。とても誇らしく感じました。一晩に三度か四度、ミルクを欲しがって目を覚ましました。ピッパは定期的に授乳していました。もちろん、彼は成長し、今、彼を見るなら、ピッパの倍くらいのサイズになりました。あの小さな子がこんなに大きくなるなんて信じられないことです。

新しい命の誕生は本当にエキサイティングな瞬間です。新しい霊の誕生もそうです。イエスは言いました。「人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。(ヨハネ3:3)」今日の私たちの箇所で、ペテロは「新しく生まれ(1ペテロ1:3)」と書いています。「なぜなら、イエスが死からよみがえられたので、私たちには全く新しい命が与えられ、生きるためのすべてを持ったのです。(3,MSG訳)」

この霊的誕生は自然の誕生とは対照的です。この世の命は「あなたが成長していく、考えのない、死に終わる命(18,MSG訳)」にしか導きません。

新しい誕生はあなたが今あなたの父なる神に呼び掛けることが出来ることを意味します(17)。実際、三位一体のすべてが包含されています。「父なる神はご自身の目をあなた方、各々に向けておられます。そして、イエスの犠牲を通して、あなたを従順を保たせるために聖霊の働きによって定めています。(2,MSG訳)」

肉体の誕生は、やがて、ある日肉体の死をもって終わります。しかし、霊的誕生は永遠の命を導きます。「未来は天にあります。そして未来は今始まっているのです!(3,MSG訳)」肉体の命は枯れる草のようです。しかし、この最新の命は神ご自身によって考案されたもので、永遠まで続いていきます(23-25,MSG訳)」

今日の箇所の中で、私たちはこの新しい命の意味合いを見ます。神の息子または娘として霊的に成長する様々な段階を見ます。そして、あなたは「それによって成長し、救いを得る(2:2)」のです。


赤ちゃんのように信頼する

詩篇131:1-3

時々、私は心配したり、不安になったり、恐れに満ちることさえあります。これが、私がこの詩篇を愛する理由です。そこには信頼しきった美しい描きがあります。「母の腕の中で満足する赤ちゃんのように(2,MSG訳)」親の腕の中に抱かれた孫たちの姿を見る時、私は完全に信頼しきって安心している描きが分かります。

この全き信頼はどのように起こるのでしょうか?第一に、宇宙を管理する指揮官であることを辞めることです。すべての人、すべての事柄を支配しようとすることをやめなさい。詩篇の作者は書きます。「私は牛耳ろうとしません。私は山の王となりたくはありません。私は、自分に関わりのないことにおせっかいはしません。また、壮大な計画を夢想しません。(1,MSG訳)」

第二に、赤ちゃんが親に全き信頼を置くのと同じように神にあなたの信頼を置くことです。「私は、自分の足をこの大地に定めます。私は静かな心を耕します。赤ちゃんが母の腕のなかに満足を得るように、私の魂は赤ちゃんの満足を得ます。(2,MSG訳)」

祈り:主よ。どうか、あなたの平和を今日私に与えてください。子がその母と共にいるように。


子として成長する

1ペテロ1:1-2:3

神の子としての人生はエキサイティングです。使徒ペテロは「ことばに尽くすことのできない、栄えに満ちた喜び(1:8)」について記しています。それは「新しく生まれ(3)」た結果として来るのです。ペテロは「新生」が導くものを次のように言っています。

  1. 年齢によらない安心
    あなたの将来は安泰です。なぜなら、それはイエスの復活を土台としているからです。イエスは葬られました。神は彼を死からよみがえらせました(21)。ある日、同じことがあなたにも起こるのです。

    あなたは偉大な資産の相続人です。この人生に完全なものはありません。すべての地上の所有物は究極的には衰え、壊れるものです。しかし、あなたの資産は「朽ちることも汚れることも、消えて行くこともない(4)」ものです。「これはあなたがたのために、天にたくわえられているのです。あなたがたは、信仰により、神の御力によって守られており、終わりのときに現されるように用意されている救いをいただくのです。(4-5)」

    C.S.ルイスは書きました。「私たちが年をとることは、私たちが古い車になるようなものです。もっと頻繁に修理や部品交換が必要となります。私たちは素晴らしい新車(最新の「復活モデル」です)を楽しみに待たなければなりません。私たちが待ち望んでいるその新車は、神のガレージにあるのです。」

  2. 苦難にかかわらず喜ぶ
    喜びは環境に左右されません(6-7)。人生は常に容易ではありません。「あなたがたは大いに喜んでいます。いまは、しばらくの間、さまざまの試練の中で、悲しまなければならないのですが(6)」。この手紙はたぶんローマから書かれたもので、ほぼAD 62-64頃のものです。当時は皇帝ネロの迫害の直前でした。クリスチャンはすでに迫害され始めていました。彼らの受けた迫害に比べれば私の苦難は実に小さなものです。それでも、私たちは皆、死別、失望、反対、誘惑など人生にあらゆる葛藤があるのです。

    ペテロは言います。「あなたがたは大いに喜んでいます。(6,ヤコブ1:2参照)」それには3つの理由があります。

    ・将来待ち構えている試みに比べると、この試みは比較すれば短い(「いまは、しばらくの間」,1ペテロ1:6)。
    それらの背景には目的があるから。すなわち、金よりももっと大きな価値がある私たちの信仰(7)が精錬されるから。
    それらの結果は、イエス・キリストの現れのときに「称賛と光栄と栄誉(7)」になるから。

  3. 目には見えない親密さ
    ペテロは実際にイエスを見ました。ペテロが書き送っている人々は見たことがありませんでした。しかし「あなたがたはイエス・キリストを見たことはないけれども愛しており、いま見てはいないけれども信じており、ことばに尽くすことのできない、栄えに満ちた喜びにおどっています。(8)」彼らと同じように、あなたはイエスを見たことがありません。しかし、これも彼らと同じように、あなたもイエスとの日々の個人的な関係を経験することが出来、あなたの信仰のゴール、すなわち、あなたの魂の救いを受け取ることができるのです(9)。

イエスが最初にこの地に来られた後の時代に生きることは尋常ではない特権です。あなたは御霊の時代に生きているのです。あなたは旧約聖書全体が指し示している恵みを受け取ったのです。「メシアの霊」は、イエスの苦難と栄光を指し示す預言者の中に働いていました。イエスは旧約聖書の中に働いていましたが、ご自身の完全な顕れを彼らは待たなければなりませんでした。

イエスは再び帰って来られます。準備しなさい。

それまでの間、成長しなさい。「従順な子どもたちとして、神のいのちによって形作られた人生の道に自分自身を駆りだしなさい。神のいのちは、エネルギーに満ち、きよめの炎がともるいのちです。神は言いました。『わたしはきよい。あなたはきよくなりなさい』(14-16,MSG訳)」この新しい誕生をもたらし、今あなたの内に住んでおられる聖霊だけがあなたをきよめることができるのです。

空しい人生の生き方を後ろに捨て置き、「偽りのない兄弟愛」の人生を生きなさい。「互いに心から熱く愛し合いなさい。(22)」これはクリスチャン生活の究極のゴールです。このすべてを可能にしてくださるために死んでくださったイエスを愛すること(19-20)とお互いに熱く愛することです(22)。

「それで」と使徒ペテロは書きます。「家を片付けなさい!悪意、見せかけ、妬み、人を傷つける会話を掃き出してしまいなさい。あなたは神の風味を持つようになるのです。今、胸に抱かれる幼児のように、神の純粋な優しさをたっぷりと飲みなさい。そうすれば、あなたは成長し、熟練し、神の内に完全にされるのです。(2:1-3,MSG訳)」

祈り:主イエスよ。私はあなたを見たことがありません。しかし、私はあなたを愛します。私を成長させてください。そして強く、健康な神の子となり、心から深く人を愛するようになりますように。


年をとっても実を結ぶ

エゼキエル41:1-42:20

ある人々は美貌を失うことがありません。美しさはその人の顔からその人の心へと移っていきます。古いイギリスのことわざに「バイオリンの音は、年期が入っていればいるほど、優しくなるというものだ。」とあります。90歳になって、ティツィアーノは彼の大作、「レパントの海戦」を描きました。年月を経て大いなる結実の時を得ることが出来るのです。

エゼキエルは引き続き新しい神殿を描きます。彼が「至聖所」を描くとき(41:4)、彼は「ケルビム」と「なつめやしの木」に焦点を当てているようです(18)。私たちはそれらの機能は単に飾りだと思ってしまいがちですが、実際はそれらは豊かな象徴です。

私たちの新約聖書の箇所から私たちが知るように、これらの言葉は「キリストの御霊(1ペテロ1:11)」によって霊感されたものです。多分、2つのそれぞれのケルブの顔に意味があると言っても言い過ぎではないでしょう。一つは人間の顔で、もう一つは獅子の顔でした。片方は完全な人間を意味し、もう一つは「ユダ族から出た獅子(黙示録5:5)」すなわち、イエス・キリストを指しています。

詩篇の作者は書きます。「正しい者は、なつめやしの木のように栄え、…彼らは年老いてもなお、実を実らせ、みずみずしく、おい茂っていましょう。(詩篇92:12-14)」

なつめやしの木は、デーツの実を実らせ、世界で最も古くからある食用の植物の一つです。デーツはエネルギーを与え、ビタミン、ミネラル、脂肪、食物繊維、たんぱく質、当分、リボフラビン、ナイアシンを供給します。なつめやしの木は力、滋養、忍耐について語っているのです。

祈り:主よ。あなたは私の生涯のあらゆる段階を支えてくださることを感謝します。純粋な霊的な乳を求める生まれたばかりの幼子の時から、私の救いの内に従順な子として成長していき、年をとってからでさえ実を結ぶように道を整えてくださるお方です。私が、力と滋養と忍耐の源である、なつめやしの木のようになりますように。アーメン。

H.K

References

C. S. Lewis, Letters to an American Lady, (W. B. Eerdmans Pub. Co, 1967) p.78