Tokyo Chapel

2018年7月26日

第207日

あなたの家系図

私の父親は、イギリスに渡り、母親と結婚する以前の生活について私に話しませんでした。私は父親の背景については実質的に何も知りませんでした。五年前、私はベルリンにあるユダヤ博物館からの接触を受けました。彼らはガンベル家についての調査を行っていたのです。彼らは私の家系図のコピーを送ってきました。私の高祖父(ひいひいおじいさん)がアブラハム・ガンベルという人物だということを発見しました。そして、曽祖父(ひいおじいさん)はイサクでその兄弟はモーセでした。

私の父はユダヤ人でした。彼は1927年にチュービンゲンの大学で法学博士となり、法廷弁護士の資格を持っていました。彼はアドルフ・ヒットラーの「我が闘争」を読み、そこに「ユダヤ人」として描かれている人物に起こる事柄を察知しました。彼はイギリスに渡り、イギリスでの法廷弁護士としての資格を取得しました。彼の姉妹や両親も最終的にはやって来ました。私の父方の親族はほとんど、ダッハウ強制収容所やカイザーヴァルト強制収容所で殺されました。

20世紀のユダヤ民族の取り扱いは複雑です。そして時に悲劇的です。時々、聖書の箇所でさえ、間違った解釈や間違った適応がされ、ユダヤ民族に対する蹂躙の武器になりかねません。

旧約聖書の神の民はイスラエルの国民でした。新約聖書の神の民はイエス・キリストにある信仰を持ったすべての人々です。私たちは共通の歴史や家系図を分かち合います。私たちは同じ神を礼拝します。使徒パウロは私たち皆にとって救いの道を同じであることを告げています。


あなたの神はイスラエルの神

詩篇89:14-18

私たちが礼拝する主はイスラエルの聖なるお方です。「私たちは皆、私たちが負うているものは皆、主のもの。聖なるイスラエルの神、我らの王!(18,MSG訳)」

詩篇の作者は主についてこういいます。「正しさと正義はあなたのルールの根。愛と真理はその実。(14,MSG訳)」イスラエルの民を神がお選びになったことは、神の不正や不公平の結果ではありません。神は愛と誠実の神です。神はすべての民を愛しておられます。神の御座の土台は義と正義です。神は正しくご自身の道に沿ってすべてのことを成されます。そして決して他の国を不公平に扱ったりなさいません。

神はすべての国々がイスラエルの選びを通して祝福されることを意図なさったのです(創世記12:3参照)。これは今イエスを通して実現しているのです。あなたもまた神との正しい関係に歩むことが出来、この詩篇が語っている祝福を体験することが出来るのです。「幸いなことよ、…主よ。彼らは、あなたの御顔の光の中を歩みます。彼らは、あなたの御名をいつも喜び、あなたの義によって、高く上げられます。あなたが彼らの力の光栄であり…(詩篇89:15-17)」その結果、「私たちは天にも昇る気持ち(17,MSG訳)」を得るのです。

祈り:主よ。今日、あなたの臨在の光の内に歩むことを得させてください。そして、一日中、あなたの名を喜ぶことが出来ますように。


あなたの救いはイスラエルと共に始まった

ローマ9:22-10:4

神の救いの計画はイスラエルからスタートしました。イスラエル(ユダヤ人)そして他の民(異邦人)への神の計画は表裏一体です。これは今あなたにとって何を意味するのでしょうか?

神は次のようなご計画を持たれたのです。「神が栄光のためにあらかじめ用意しておられたあわれみの器に対して、その豊かな栄光を知らせてくださるためになのです。神は、このあわれみの器として、私たちを、ユダヤ人の中からだけでなく、異邦人の中からも召してくださったのです。」(ローマ9:23-24)神の救いの計画はただイスラエルの国だけのものではなくもっと広いのです。

救いは次の事柄を土台とします。

  • 信仰:あなたの良い業によってではなく
  • あわれみ:あなたが受ける価値ある者だからというのではなく
  • 信仰:あなたの出自によってではなく

パウロはホセアの言葉を引用してこれを示し続けて行きます。神は「あなたがたは、わたしの民ではない」と呼ばれた人々、すなわち異邦人を「わが民」「愛する者」と呼び、「生ける神の子ども」としてくださるとすでに語られていたのです(25-26)。

神の民に加えられ、神に愛され、神の子どもと呼ばれるということはなんと驚くべき特権でしょうか!それは神のあわれみの対象、神の豊かな栄光を知らされるという特権に合わせられるということなのです(23-24)。

新しい契約の下で、誰も除外されることはありません。すべての人が救いを得ることが出来ます。神がイエスを通して、信仰による義を得ることを可能にしてくださったのです。

イエスは救いの道です。ある人は彼につまずくでしょう。しかし、「彼に信頼する者は、失望させられることがない(33)」のです。

パウロはイスラエルの民を愛しました。彼らは彼の同胞です。パウロは彼らが救われることを切望しました。パウロは彼らの救いのために、熱烈にとりなしました。「私を信じよ、友よ、私がイスラエルに望むすべてはイスラエルにとっての最善なことなのだ。救い。ただそれだけ。私は心を注ぎだしてそれを求め、どんなときも神に祈る。(10:1,MSG訳)」

彼らが救われる方法はたった一つしかありません。それは信仰によって、「神の義(3)」を通してです。この義はキリストを通してもたらされます。「キリストが律法を終わらせられたので、信じる人はみな義と認められるのです。(4)」

キリストが律法を終わらせられた」というのは莫大なことです。革新的で、人生を一変させ、歴史を作る宣言です。正確にパウロが意味したことに関しては大いに議論が交わされています。しかしながら、あることは明白です。

  1. 第一に「キリストが律法を終わらせられた」にはキリストが律法を成就したという意味が含まれます。かつてイエスはご自身を「律法の成就(マタイ5:17)」として来られたと言い表されました。律法の目的はイエスを指し示すことでした(ガラテヤ3:24)。」今、イエスは来られました。その役割は完了しました。
  2. 第二に「キリストが律法を終わらせられた」にはキリストが律法に叶ったという意味が含まれます。イエスは歴史上唯一律法を完全に守ったお方であり、十字架を通してあなたは主の従順の恩恵にあずかるのです。
  3. 第三に「キリストが律法を終わらせられた」には律法の重荷と叱責からキリストがあなたを自由にされたという意味が含まれます。私たちが常に間違いを犯し続ける時、私たちは罪の呵責の暗雲の重圧のもとで暮らすことになります。「こういうわけで、今は、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。(ローマ8:1)」
  4. 第四にイエスは律法によって救いを追い求めることからあなたを自由にしました。誰一人として律法によって救われることはありません。イエスから離れては誰も律法全体を守ることは不可能なのです。「キリストが律法を終わらせられた」には、あなたが自分自身の義を確立させようと試みることからあなたを自由にしたという意味が含まれるのです。その代わりに、あなたは今や、「神から来るところの義(10:3,RSV訳)」を得たのです。

祈り:主よ。イエスにある信仰を通して救いがすべての人々に開かれていることを感謝します。私は今日、イスラエルの民のために祈ります。「私が心の望みとし、また彼らのために神に願い求めているのは、彼らの救われることです。(10:1)」


あなたの歴史はイスラエルと密接に関係する

1歴代1:1-2:17

今日の箇所で、私たちはまた別の家系図を見ます。これはの家系図でもあり、あなたのでもあります。

「この物語は名前が並べられています。」とユージン・ピーターソンは記します。「何百もの名前が連ねられ、何ページも名前、名前、…名前です。聖なる歴史は個人の顔が見えてこない理念ではありません。一人ひとりに個性がある人物の名前によって織り合わされているのです。歴代誌は非人格化された宗教に抗して堅く立っているのです。」

物語を語るにはいろいろな方法があります。二巻にわたる歴代誌はサムエル記や列王記と同じ時代をカバーしています。多分エズラと思われる新たな作者が、百年かそれ以上について書きました。イスラエルの歴史をアダムから捕囚からの期間の時代までをなぞっています。

私たちはこれらの章を、イエスラエルの歴史は私たちの歴史であると理解します。私たちの歴史はアダム、人類の始めまで遡ります(1:1)。

教会はアブラハムまで遡ります。「アブラハムはイサクを生んだ。イサクの子は、エサウ、イスラエル。(34)」イスラエルも、イエス・キリストの教会もともにアブラハムを彼らの父祖としています。

2章では、歴代誌の作者はイスラエルの息子から順次下ってダビデ(2:15)までのイスラエルの歴史をなぞります。ここでも、イスラエルの歴史はあなたの歴史です。教会はアブラハムへの神の召しから始まり、それは今もなお順次下って続いているのです。

教会も人気があってもなくても、大きくても小さくても、それは比較的重要ではありません。人々が教会について語るのは、あたかもそれが人気を獲得しようとして都合のいい、どうでもよい面白い現象としてです。メディアが尋ねる質問はといえば、それが人気があるかどうかだけです。

しかし、レスリー・ニュービギン主教はこれを馬鹿げたことだと指し示しました。教会は、これまで強大な帝国、哲学的検証、全体主義体制などに屈することなく生き残ってきた。それを思えば、現在世間を覆っている考え方など…、幻も同然であり、今から20年前の過去のことすら半分も覚えられていない。でも、教会が消えることはない。クリスチャンにとって、その事実を思考の中核に据えるべきだ。

祈り:主よ。私たちにイスラエルの民と共通の家系図を与えてくださったことを感謝します。あなたが私たちを神の民の中に加えてくださったとてつもない特権を感謝します。歴史をさかのぼると、人類の初めまでたどることができます。アダム、アブラハムそしてイスラエルを通して、今日まで綿々と続いている歴史を感謝します。アーメン。

H.K

References

Eugene Peterson, The Message, ‘Introduction to 1 and 2 Chronicles’, (NavPress, 1993).

Lesslie Newbigin, Discovering Truth in a Changing World, (Alpha International, 2012), p.96