Tokyo Chapel

2018年6月30日

第181日

世界で最も力強いメッセージ

主教座聖堂司祭アンドリュー・ホワイトは「バグダッドの主任牧師」として知られています。彼が私に送って来たメールのタイトルには「涙の日」と記されていました。「さて、今日はひどい一日だった。二年間にわたって私たちは毎日、二人のジェイソンが戻って来るために労しました。彼らは私の友人です。彼らと寝食を共にしてきました。ある日、私が病に伏した時、一人は病院で私の世話をしてくれました。彼は衛生兵として働いていたことがあったのです。この人たちはただの人質だったのではありません。…彼らは私の友達です。毎日、私は彼らのために祈り、解放を願ってきました。

今日、ニュースで彼らが殺されたことが確かになったと知ったことをお知らせしなければなりません。私は泣きました。…私は愛すべき彼らの家族がどれほどの痛みの中にあるかを想像することができません。なんと悲惨なことでしょうか。そしてどう祈ればよいのでしょうか。

涙に明け暮れて、私は礼拝のための準備をしなければなりませんでした。…教会はいつも偉大です。人々は皆とても素敵です。そして励ましに満ちています。私たちは痛みと愛を分かち合っています。」

使徒パウロの場合のように、多くの涙がありました。でもアンドリューは聖霊の力によって福音を宣言し続けています。

イエスのメッセージは世界で最も力強いメッセージです。それは良い知らせです。それは人生を変えます。それは都市を、文化を変えます。でもそれはまた反対を引き起こすメッセージでもあります。神はあなたに聖霊を与えることによって、このメッセージをあなたが手渡していくことができるように整えておられます。


罪から救われる良き知らせを伝える

詩篇78:40-55

あなたは、なぜ救われる必要があるのかを理解するまで福音が良き知らせであることを完全に理解することは出来ません。

イエスは、その生涯、つまり死と復活と聖霊の賜物を通して、私たちを罪から救います。ここで、私たちは何から救われてきたのかを垣間見ることができます。

第一に、私たちは罪の性質を理解します。罪とは神に逆らうことです。「幾たび彼らは、荒野で神に逆らい…(40)」一回だけではありません。詩篇の作者は「彼らは繰り返して、神を試み(40-41)」たと記します。罪は神の御性質、神のことば、神の御業に信頼しないことからもたらされるのです(41-43)。

第二に、罪の結果を理解します。それは「神を悲しませ(40)」怒り、憤り、苦しみとわざわい(49)をもたらします。究極的には「死(50)」をもたらすのです。

エジプト人だけが罪を犯したのではありません(43-51)。神の民もまたそうでした(40-42)。それにもかかわらず、神は彼らを救われました。神は彼らを贖い(42)、「ご自分の民を、羊の群れのように連れ出し、家畜の群れのように荒野の中を連れていかれた(52)」のです。彼らを安らかに導かれたので、彼らは恐れなかった(53)のです。これはすべて、イエスを通して救いを全うする神の大きな計画の準備であったのです。

祈り:主よ。イエスを通して、私を救い、赦してくださったことを感謝します。あなたが私を導き、さとしてくださるので、恐れる必要がないことを感謝します。


神の恵みのよき知らせを語る

使徒20:1-38

神があなたに与えている価値ある一日を無駄に過ごさないようにしましょう。あなたが今日召されている状況がどのように困難なものであったとしても、あなたは主の召しを喜び、喜びをもってその務めを成し遂げることができます。

福音のメッセージは人を大いに力づけます。パウロは行くところどこででも、人々を励まし「その調子でがんばって!(1,MSG訳)」と言いました。彼が各地を回り「兄弟たちを常に励まして彼らに新鮮な希望を供給し彼らの霊を引き上げました。(2,MSG訳)」

パウロはこのメッセージに熱心でした。彼にそれを語るのをやめさせることなどできませんでした。トロアスで「人々と語り合い、夜中まで語り続けた(7)」のです。また彼の話が「長く続くので(9)」ユテコという青年が眠り込んで窓から落ちて死んでしまいました。パウロは彼を抱きかかえて「心配することはない。まだいのちがあります。」と言って「明け方まで長く話し合って(11)」それから出発しました。

会衆のメンバーの死、そして再び蘇生したこと、コーヒーブレイク!などが起こると、説教者は話を中断しなければならなかったでしょう。

あらゆる機会を用いてパウロは語りました。「益になることは、少しもためらわず、あなたがたに知らせました。…私は、神のご計画の全体を、余すところなくあなたがたに知らせておいたからです。(20、27)」パウロは「人々の前でも、家々でも(20)」どちらでも語ったのです。

それは大変な労苦でした(35)。謙遜の限りを尽くして、涙をもって(19)、労しましたが、死を恐れませんでした。主から受けた任務を果たし終えるまで走り続けようとしたのです。「けれども、…神の恵みの福音をあかしする任務を果たし終えることができるなら、私のいのちは少しも惜しいとは思いません。(24)」

パウロはそれが「楽な仕事ではなく、聖霊が繰り返し私に教えたように、困難な時があり、投獄されることも明らかです。(23,MSG訳)」ということを知っていました。彼は激しい試練に遭い(19)、多くの涙がありました(19,31,37)。

なぜ、そこまでして福音を伝える価値があるのでしょうか?私たちは3つの理由を見ます。

  1. みことばの力
    あなたは世界中で一番力強いメッセージを持っています。パウロはあらゆるところで「神の恵み(24)」、「信じられないくらい、贅沢な神の気前良さ(MSG訳)」を語りました。それは「真理(30)」の言葉です。それはすべてイエスについてです。恵みは受けるに値しない者が受ける愛です。それはイエスの血(28)によって可能となります。しかも私たちの努力によってではなく、対価なしに受け取ることができるのです。

    どのようにして受け取るのでしょうか?第一に、パウロは神への悔い改め(21)と言っています。悔い改めはとても積極的な言葉です。それは罪から180度方向転換して神に立ち返ることを意味します。

    第二にイエスを主とする信仰を持つこと(21)です。イエス・キリストにある信仰によって賜物を受けることができるのです。

  2. 聖霊の力
    あなたの内に聖霊が住んでおられます。罪を悔い改め、イエスキリストにある信仰をもつならば、誰でも聖霊を受けるのです。パウロはどれほど「聖霊にうながされ(22,NIV訳)」たのかについて語ります。聖霊は私たちに語られるのです(23)。それがリーダーを油注ぎ、立ち上がらせる聖霊なのです。
  3. 与える力
    あなたが与えるとき、あなたは祝福されます。パウロは金銭が幸せの鍵ではないことを知っていました。彼は「主イエスご自身が『受けるより与える方が幸いである』と言われたみことばを思い出すべきことを、私は、万事につけ、あなたがたに示して来たのです。(35)」と言いました。

パウロは「神のご計画の全体を、余すとところなく(27)」知らせました。それはどう考えても膨大です。今日の箇所に記されているのはその一部なのです。しかし、それは明らかに、神のことば(32)、祈り(36)、教会を牧する者(28)、聖礼典(7-11)、聖別(32)、弱い者を助けること(35)、そしてそれに伴う様々なことが含まれているのです。

祈り:主よ。あなたが聖霊の力を私に与えてくださったことを感謝します。「走るべき行程を走り尽くし、…任務を果たし終えることができる(24)」ように、困難な仕事、涙、その他の障害物に立ち向かう勇気を私に与えてください。


イエスについてのよき知らせ

2列王1:1-2:25

良き指導者は後継者を育てます。これは聖書にある後継がうまくいった良い見本の一つです。

良いメンターであることは偉大な賜物です。エリヤはエリシャにとって良きメンターでした。そして、エリヤは自分の力をエリシャに引き継がせました。エリシャはエリヤに「あなたの霊の、二つの分け前が私のものとなりますように(2:9)」と願いました。エリシャは聖なる彼のメンターであるエリシャのようになりたかったのです。

エリヤはエリシャにもし最後の最後までくらいついて来るなら、彼が願っているものを得ることが出来ると答えました。「もし、私があなたのところから取り去られるとき、あなたが私を見ることができれば、そのことがあなたにかなえられよう。(10)」

粘り強い忍耐力は奉仕においてとても重要です。情熱と熱心さでことを始めるのは簡単です。しかし、すべての人がエリシャのように最後まで大変な仕事、困難、失望、見える事柄に粘り強く忍耐し続けることが出来ません。

エリシャは実際、「二つの分け前」を手に入れました。エリシャはエリヤの外套を拾い上げました(13)。エリシャが油注がれた後継者であることは誰の目にも明らかでした。「エリヤの霊がエリシャの上にとどまっている(15)」

天から火をくだし(1:12)、水を分けた(2:8)エリヤの説明は新約聖書の光を当て読まれるべきです。エリヤはヨハネのバプテスマの予型です。バプテスマのヨハネは「エリヤの霊と力で主の前触れ(ルカ1:17)」を示し、イエスのための道備えをしました。

イエスはあなたがエリヤやエリシャよりも優れた者だと言います。イエスは言いました。「女から生まれた者の中で、バプテスマのヨハネ(来るべきエリヤ)よりすぐれた人は出ませんでした。しかも、天の御国の一番小さい者でも、彼より偉大です。(マタイ11:11)」すべてのクリスチャンは少なくとも2つの理由のゆえにエリヤやバプテスマのヨハネよりも優った位置にあると言えます。

第一にあなたはイエスの福音を語ることができるという点で彼らより勝っています。第二にペンテコステの日以来、すべてのクリスチャンに注がれる聖霊の注ぎをあなたは受けることが出来るからです。すべてのクリスチャン(「天の御国の一番小さい者でも」)は聖霊の力によって、世界で最も力強いメッセージである、福音を語り告げる機会を持っているのです。

祈り:主よ。あなたが私に、そしてすべてのクリスチャンに与えた驚くべき特権のゆえに感謝します。それは世界で最も力強いメッセージを手渡すことです。このメッセージが人生を、コミュニティーを、文化を変えることを感謝します。アーメン。

H.K