Tokyo Chapel

2018年7月12日

第193日

あなたの人間関係を立て直す方法

ハンスは鉱山の働きを始め、やがていくつもの鉱山の持ち主となりました。彼の長男、マルチンはとても優秀で17歳の時、大学に入学しました。彼の前途には法律家としての輝かしいキャリヤが待っていました。しかし、突然のこと、父親はがっかりしてしまうことが起こりました。彼はロースクールに進むことを止めて修道僧となり、司祭になったのです。

マルチンは義なる人生を生きたいと願いました。彼は何日も断食し、夜を徹して祈りに費やしましたが、以前として、彼は自分が神の前には不義なる者であるという思いに苛まれました。30歳を過ぎて、彼がローマ1:17を学んだ時、やっと彼は気づいたのです。彼はのちにこう記しています。

「私はこの節における神の義は神の賜物によって、言い換えれば信仰の言葉によって義なる人が生きるということによるのだということを理解し始めた。そして、この文章「神の義が啓示された。」は受動的な義を表している。すなわち、あわれみ深い神が私たちを信仰によって義としてくださることによってである。「義人はその信仰によって生きる」と記されている通りである。これは即座に私たちを、あたかも私が再び生まれ天国そのものの開かれた門を通して入ったという感覚を私に与えるのだ。」

この体験は今から500年前に起こりました。それは彼に個人的な変化を与えただけではなく、人類の歴史の道程に変化をもたらしました。彼は西洋文明の形成において軸となった宗教改革の祖となったのです。それは社会経済や政治思想の種となりました。彼の名は、もちろん、マルチン・ルターです。

本質的には、義とは神との正しい関係を意味します。それが正しい人間関係を導くのです。それはイエスの生と死と復活によってもたらされた賜物です。神との関係が立て直されて、初めて私たちは人との関係を立て直すことが出来るのです。


祝福を楽しむ

詩篇84:1-7

神の臨在の中にある時、それが最も大きな祝福であることを見出します。私とピッパはこの詩篇が大好きで、私たちの結婚式の時に選んだ聖句です。私たちがこの詩篇を愛するのは、この詩篇の中に神との正しい関係に生きることの祝福が描かれているからです。

  1. 神の臨在を切望する
    人の心には神との正しい関係だけが満足もたらすことができる霊的渇望があります。神の臨在の中で、 魂の渇きは満たされ、心の叫びは答えられます。詩篇の作者は「万軍の主。あなたのお住まいはなんと、慕わしいことでしょう。私のたましいは、主の大庭を恋い慕って絶え入るばかりです。(1-2)」と言っています。
  2. 神の臨在の祝福
    祈りに時間を費やす時、聖書をを通して神に聞く時、そして神に礼拝する時、あなたは神の臨在にまさるものはないということを見出します。「なんと幸いなことでしょう。あなたの家に住む人たちは。彼らは、いつも、あなたをほめたたえています。(4)」

    神の臨在は、祝福と賛美と気分を一新するところです。それは渇いた地に降り注ぐ雨のようです。(6)

  3. 神の臨在の力
    私たちの力が神のうちにある時(5)、困難な場所、きつい環境、そして「涙の谷」も、そこを泉のわく所とします(6)。そのような時に、あなたが神の力を引き寄せるなら、あなたは自分が「力から力へと」進んでいることを見出します。(7)

旧約聖書の時代、神は臨在を幕屋や神殿に顕わされました。今はイエス・キリストを通して、神が聖霊によって私たちのうちに住まわれて、ご自身の臨在を教会を通して(エペソ2:22)、そして、私たちの身体を通して(1コリント6:19)顕わさます。

祈り:主よ。あなたが私にご自身の臨在を与えてくださってありがとうございます。あなたの臨在のうちに日々力づけてくださる道のゆえに感謝します。


賜物を受け取る

ローマ1:1-17

神の愛は報酬ではなく、賜物です。イエスはご自身の生と死と復活の業によってあなたを義としてくださいました。神との正しい関係に生きることが出来るようになったのです。

イエスの生と死と復活によって、世界はどのような新しい方向に向かうようになったのでしょうか?それはどのようにして、この惑星に住む男も女も子どもにも、永遠の影響をもたらすようになったのでしょうか?

この革新的で大いなるキリスト教神学に影響を与えた文書(およそAD59年頃に書かれた)の中に、自分自身が復活のイエスに出会った パウロは、ナザレのイエスの生と死と復活という事実の証人となり、その暗示していることを考えています。

ローマにクリスチャンの共同体が形成され確立されて行ったのは、伝道的な催し物によってではなく、普通の世俗の仕事を辞めること無く、職場でクリスチャンの存在感をあらわしていった人々によってです。もし、あなたが世俗の仕事に就いているなら、あなたはどんなフルタイムの伝道者よりも、職場の人々に影響を与えることができるのです。

パウロはローマのクリスチャン達に会いたいと願っていました(11)。彼らはまだ経験の浅い初心者でしたが、パウロは謙遜にも自分が彼らからもっと学ぶことがあると認めています。(11-12)。「あなた方は、私があなた方に与えるのと同じくらい私に与えるものを持っています。(12,MSG訳に)」ニッキー・ガンベルはアルファのスモール・グループで、ゲストがホストから学ぶのと同じくらいゲストから学ぶことがあると言います。

福音を聴くことを必要としているのは教会に外にいる人々だけではありません。パウロは、ローマのクリスチャンの共同体の中にも福音を語りたいと熱心に願っていたのです。(15)。

パウロは恥ずかしいと思う誘惑についてよく知っていました。他の人が自分のことをどう思っているかという不安と恐れからイエスのことを語ることをやめてしまうように簡単になってしまうのです。しかしパウロは記しています。「私は福音を恥とは思いません。(16a)」パウロはまた「福音は、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力(16b)であることも知っていました。

福音を語るほど大きな特権はありません。「なぜなら、福音のうちには神の義が啓示されていて、その義は、信仰に始まり信仰に進ませるからです。(17a)」パウロはこれを旧約聖書に対照的に描いているのではありません。むしろ、旧約聖書の裏づけをもって議論しているのです。「『義人は信仰によって生きる』と書いてあるとおりです(17b,ハバクク2:4参照)。」

パウロはさらにこの「神の義」について多くを語り続けます。良き知らせ(福音)は神が私たちをご自身とのこの正しい関係に生きることができるようにしてくださったということなのです。この義は神から来ます。それは神のあなたへの贈り物です。それをあなたは努力で手に入れることはできません。あなたはそれを「信仰によって」受け取るのです。あなたはもはや罪責感や良心の咎めにさいなまれる必要はありません。どんなものも神の愛からあなたを引き離すものはないのです(8:1-39)。

祈り:主よ。イエス・キリストの生と死と復活を通して、あなたが私に、あなたとの関係や他の人々との関係を回復することができるようにしてくださったことを感謝します。それは私の努力によってではなく、信仰によって得られることを感謝します。


従い続ける

2列王23:1-24:7

神はいつもご自身の民に、ご自身との正しい関係に生きるべきだと強調なさいます。この関係は契約の言葉によって表現されました。神は民をエジプトから救い出されました。神は彼らのために全面的に尽されました。ですから、神はご自身との正しい関係にどのようにして彼らが留まることができるかを描かれたのです。神は彼らに神との正しい関係を持つことが出来るように、また民がお互いに正しい関係を持つ事ができるように戒めを与えました。これらの律法の目的は彼らが実り豊かになるためでした。

旧約聖書を読み進めると民は何度も何度も律法を破り、破滅的な結果を被るのを見てきました。そのような中に、時々希望的な瞬きのような光のように、彼らが神との関係の契約に再び立ち返る瞬間がありました。

そのような希望のきらめきの一つがヨシヤの治世です。「それから、王は柱のわきに立ち、主の前に契約を結び、主に従って歩み、心を尽くし、精神を尽くして、主の命令と、あかしと、おきてを守り、この書物にしるされているこの契約のことばを実行することを誓った。民もみな、この契約に加わった。(23:3)」

ヨシヤは多くの改革を行いました(1-25)。残念なことは、ヨシヤの死後、その影響が民に引き継がれることがなく、物事は以前の状態に戻ってしまったということです。ヨシヤの人生は本当に簡単ではなく、最後は悲劇的でした。それであっても彼は彼が為したすべてにおいて「心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして(25)」神に従うことを追い求めたのです。彼は信仰の偉人の一人として覚えられています。

感謝なことに新しい契約に生きる私たちは石の板に書き記された契約ではなく、心に記された契約に従うことができるのです。あなたがイエスに信仰を置いたその瞬間、すべての旧約聖書の約束はすでにあなたの内に成就しているのです。あなたは神から義を受け取ったのです。神はあなたに聖霊を与え、あなたを神との、そして人との回復された正しい関係に歩ませてくださるのです。

祈り:主よ。今日、私あなたに心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして立ち返ります。あなたの霊で私を満たしてください。そして、あなたに完全に従うことができるように助けてください。

H.K

References

Graham Tomlin, Luther and His World, (Lion Books, 2012), p.58.