2018年4月4日

4月4日

祝福がなければ闘いもない

祝福がなければ闘いもない」これはサンディー・ミラー主教独自の数ある金言の一つです。彼はこのようなことばで多くの人々を励ましました。彼がホーリー・トリニティー・ブロンプトン教会の主任牧師であった頃、彼は困難にぶつかり意気消沈することがないように教えました。その度に彼は「祝福がなければ闘いもない」と元気づけてくれたのです。

神はあなたを驚くべき、素晴らしい方法で祝福します。今日の箇所に私たちは、神の祝福の広がりと特権の約束について読みます。

しかしながら、旧約聖書の神の民にとっても、イエスの弟子たちにとっても、それは真実です。そして、それはあなたの人生においてもまた真理なのです。「祝福がなければ闘いもない


問題、病気、中傷にさらされる祝福

詩篇41:1-6

  1. 貧しい人を世話する人々への祝福
    祝福は「弱っている者に心を配る人(1)」にもたらされます。そのような人は、たとえば、貧しい人、空腹の人、病人、依存症患者や囚われの人をお世話します。これは主に従う者たちの特徴であるべきです。もし、あなたが貧しい人を世話するなら、神は、あなたを守り、あなたの命を失わないようにし、あなたを祝福するために、あなたの問題の時にあなたを解放すると約束するのです(2)。神はあなたを支え、あなたを癒すと約束します(3)。しかし、これらの神からの祝福には闘いがつきものです。
  2. 問題、病気、中傷と闘う
    「わざわいの日(1b)」があるかもしれません。「敵(2b)」がいるかもしれません。「病むとき(3)」があるかもしれません。「人が見舞いに来ても、その人はうそを言い、その心のうちでは、悪意をたくわえ、外に出ては、それを言いふらす(6)」ような敵がいるかもしれません。
    周りに敵がいることに気づくとき、あなたは油断してはなりません。たとえば、「一緒に中傷する」ために集まる誰かがいます。彼らは、周りに言いふらすために、あなたにゴシップがないかどうかを探りを入れてきます。しかし、神はご自身の祝福を約束します。そして、神は決してあなたを中傷しないことを約束するのです(2b)。

この詩篇で励まされることは、この守りの祝福は、あなたに拠ることなく、いつも正しく得られるようであるということです。ダビデは自分自身の罪を良く分かっていました。そして神のあわれみと癒しを自分の足らないところにもたらされるようにと叫び求めたのです(4)。

祈り:主よ。あなたが私に注いでくださるすべての祝福のゆえに感謝します。私が問題と病気と中傷を受けるとき、あなたは解放を約束してくださってありがとうございます。


悪魔と悪霊の力にさらされる祝福

ルカ9:57-10:24

  1. イエスに従うという祝福
    イエスに従う者として、あなたは歴史上イエスより以前に生きたどんな人々よりも祝福されています。イエスは「あなたがたの見ていることを見る目は幸いです。あなたがたに言いますが、多くの預言者や王たちがあなたがたの見ていることを見たいと願ったのに、見られなかったのです。また、あなたがたの聞いていることを聞きたいと願ったのに、聞けなかったのです。(10:23-24)」と言われました。その祝福は、どのような目に見える犠牲を払っても、それにはるかに勝る偉大なものです。時に、あなたは、安楽さ(9:58)、妥協(60)、仲間にさえ(61-62)、別れを告げなければならないかもしれません。「七十人(あるいは72人,NIV訳)」のように、大いなる収穫のために、イエスによって遣わされるという偉大な祝福をあなたは持っているのです(10:2)。あなたは、病人を癒し、人々に「神の国は今あなたの戸口まで来ている(9,MSG訳)」と告げる特権が与えられているのです。

    十二弟子だけが病人を癒し、御国の到来を告げたのではありません。七十人もまたまさにそのように遣わされたのです。彼らは「喜んで(17)」帰って来ました。イエスは、ご自身の弟子たちにもたらされた素晴らしい祝福をご覧になった時、「聖霊によって喜びにあふれて(21)」いました。

  2. 悪魔と悪霊の力と闘う
    イエスは私たちを「狼の中に小羊を送り出すようなもの(3)」として遣わされました。しかし、新約聖書において、私たちの究極の敵は霊的です(「私たちの格闘は血肉に対するものではなく」,エペソ6:12)。「七十人が喜んで帰って来て、こう言った。『主よ。あなたの御名を使うと、悪霊どもでさえ、私たちに服従します。』イエスは言われた。『わたしが見ていると、サタンが、いなずまのように天から落ちました。確かに、わたしは、あなたがたに、蛇やさそりを踏みつけ、敵のあらゆる力に打ち勝つ権威を授けたのです。だから、あなたがたに害を加えるものは何一つありません。』」(ルカ10:17-19) 敵は悪魔とその悪霊たちなのです。
    ほとんど余談ですが、世界が創造される以前に、悪魔が堕落した時、イエスはその時、そこにいたと言っておられることは注目すべき事柄です。

ここでも、あなたには勝利が約束されています。悪霊はイエスの名に聞き従わなければならないのです(17,20)。しかし、イエスがおっしゃったのは、さらに偉大な祝福があるということです。それは「あなたがたの名が天に書きしるされていること(20)」なのです。

祈り:主イエスよ。私の名が天に書きしるされていることを感謝します。どうか私が敵の攻撃にひるむことがないように助けてください。なぜなら、あなたは私に「敵のあらゆる力に打ち勝つ権威を授けた(19)」のですから。


問題と重荷と論争にさらされる祝福

申命記1:1-2:23

  1. 荒野の年月における祝福
    あなた今この瞬間も困難の中を通っておられますか?あなたは、あなたの人生の中で荒野の時期を過ごしていると感じておられますか?時々、神の約束が成就するのに遅すぎると感じることがあるかもしれません。神が約束して下さったことが為されるのを待っている間、私たちは何をすればいいのでしょうか?

    これらの時を過ごす間、あなたの信仰はテストされているのです。神を信頼することを学びましょう。困難な時にこそ、神の臨在を求め、神を礼拝しましょう。

    申命記は、今まで語られた説教の中で最長のものです。確かに聖書の中で、モーセによって最も長い、そして最後のメッセージが記されています。

    申命記の中に、私たちは民に対するモーセの惜別の教えを読むことができます。ここでモーセは、新しい世代のために神の道を再び伝達するために、神が民に与えた律法を繰り返しています。鍵となるテーマは「その地」です。それは新約聖書の「神の国」の祝福と並行の関係にあるのでしょう。「神の国」はキリストにあってもたらされるもので、神の支配と統治のもとに生きることです。

    聖書は神の民、神の祝福、神の支配の物語です。あなたは神の支配のもとに生きるとき、神の祝福を経験します。申命記の始めにおいて、私たちは、過去、現在、未来におけるご自身の民に対する神の祝福について思いを留めました。

    最初に、過去を振り返って、モーセは「荒野では、あなたがたがこの所に来るまでの、全道中、人がその子を抱くように、あなたの神、主が、あなたを抱かれたのを見ているのだ。…事実、あなたの神、主は、あなたのしたすべてのことを祝福し、あなたの、この広大な荒野の旅を見守ってくださったのだ。あなたの神、主は、この四十年の間あなたとともにおられ、あなたは、何一つ欠けたものはなかった。(1:31,2:7)」と言いました。

    第二に、現在に関して、モーセは彼らに対してアブラハムへの約束に神は誠実であったことを思い起こさせます。「あなたがたの神、主が、あなたがたをふやされたので、見よ、あなたがたは、きょう、空の星のように多い。(1:10)」幕開けの章において4度にわたり神がご自身の民にカナンの地を与えたという記事を見つけます(8,20,21,25)」これは受ける価値なき神の民への恵みの賜物です。それは、あなたや私がイエスを通して神との関係を得ることが出来た純粋な恵みと同じです。

    第三に、将来に関連して、モーセは神のすべての祝福がご自身の民に与えられることを語ります。モーセは「どうかあなたがたの父祖の神、主が、あなたがたを今の千倍にふやしてくださるように。そしてあなたがたに約束されたとおり、あなたがたを祝福してくださるように(11)」と祈りました。あなたが神の支配のもとに生き続けるなら、神の祝福の体験は増し加わるのです。

  2. 問題、重荷、論争と闘う
    しかし、これらすべての祝福と並んで、モーセはまた一連の問題、重荷、論争にハイライトを当てます(12)。神は「あなたがたはこの山に長くとどまっていた。…見よ。わたしはその地をあなたがたの手に渡している。行け。その地を所有せよ。(6-8)」と言われました。たった11日の行程を、彼らは40年もかけたのです!彼らは荒野の精神を養いました。そして、恐れや失望(21)、つぶやき(27)、心くじかれること(28)、そして反対(26以降)に打ち勝ってきたのです。
    そして、今や「出発する(7)」時がやって来たのです。しかし、モーセは彼らから問題がなくなったと約束してはいません。実際、モーセは彼らの「敵(42)」について語っています。彼らは多くの戦いと反対を経験することになるのです。鍵は主に心を尽して従うことです(36b)。
    私たちはまた、リーダーシップと組織を必要とします。モーセは彼らに「知恵があり、悟りがあり、経験のある人々(13)」を選び、委任するように命じました。正しい人を選ぶことは、委任すること、そして微細管理の必要を避けることの鍵です。ジョージ・パットン将軍は「どのようにやるのかを言うな。何をするのかを告げよ。そうすれば、彼らの創意工夫に驚かされるだろう。」と言いました。権限委譲とは、人に管理を任せることをも含んでいます。しかし、最終的な責任を負うことを覚悟しなければなりません(9-18)。

反対に対してひるんではなりません。モーセは言いました。「おののいてはならない。彼らを恐れてはならない。あなたがたに先立って行かれるあなたがたの神、主が、…あなたがたのために戦われるのだ。(29-30)」

祈り:主よ。私が問題や重荷や論争、恐れ、失意、反対に怖気づくことがないように助けてください。あなたに心を尽して従います。どうかあなたの祝福をフルサイズで楽しむことができますように。アーメン。

H.K