Tokyo Chapel

2019年3月22日

第81日

いつも惜しみなく

人にとって、気前が良いということは素晴らしい特徴です。私たちは惜しみなく愛し、尊敬を払うのです。私は幼い頃、母親から「いつも惜しみなく!」と勧められて育ちました。

あなたは神はどうだと思いますか?あなたは神がケチだと思いますか?それとも、驚くほど気前の良いお方だと思いますか?

神の気前よさは自然に目をやれば分かります。たとえば、25,000種類の様々なランがありますが、ランは270,000種類の花の種類の一つに過ぎません。神は中途半端なことをなさいません。私たちの住む銀河系には太陽のような恒星が1,000億個存在します。そして、その銀河系は宇宙の1,000億個の銀河の一つなのです。地球上の砂を集めたとしても太刀打ちできないほどの数です。しかし創世記の中には「神は…また星を造られた。」(創世記1:16)とこともなげに書かれているのです。

神はとてつもなく、荘大に気前の良いお方です。ダビデは神について「彼らはあなたの家の豊かさを心ゆくまで飲むでしょう。(詩篇36:8)」と記しました。聖書は「だれにでも惜しげなく、とがめることなくお与えになる神(ヤコブ1:5)」と神を描いています。それほどに神が私たちに対して気前良いお方であるなら、私たちもまた「いつも惜しみなく」あるべきです。


絶えることのない神の喜びの流れ

詩篇36:1-12

ダビデは豊かで誰にでも分け隔てなく惜しげもなく与える神を描いています。(7)

ダビデは「悪者(1)」たちの中に置かれていました。彼らは「神に対する恐れがなく(1)」その「口のことばは、不法と欺き(3)」で「善をおこなうことをやめ(3)」「悪を捨てようとしない(4)」人々でした。彼らは罪を犯し続けることによって、神の気前よさをつっぱねているのです。

そのような中にあってもダビデは神を知っていました(10)。そして、「楽しみの流れ(8)」から飲んだのです。これらの楽しみには神の愛の広がりを知ることや経験することが含まれています。(The Message訳を見てみましょう):

  1. 神の愛は「流星のよう」である
    「あなたの恵みは天にあり(5a)」
  2. 神の誠実は「天文学的」である
    「あなたの真実は雲にまで及びます。(5b)」
  3. 神の目的は「巨大」である
    「あなたの義は高くそびえる山のよう(6a)」
  4. 神の義は「大洋のよう」である
    「あなたのさばきは深い海のようです(6b)」

あなたは「御翼の陰(7)」に避け所を見出すことができます。あなたは「家の豊かさ(8a)」をもって宴を楽しむことができます。豊かさは気前よさを象徴しています。「いのちの泉(9a)」は主のうちに見出されます。主の光のうちにあなたは「光を見る(9b)」のです。

それは神と結ばれて生きる者に神が惜しみなく与える豊かな楽しみなのです。

祈り:主よ。あなたの家の豊かにうちに宴を設けてくださり、あなたの楽しみの流れから飲むことができることを感謝します。あなたが私の上、教会の上に、あなたの民の上に愛を豊かに注ぎ続けてくださいますように。


神は惜しみなく聖霊を注がれる

ルカ4:14-37

イエスは「御霊の力を帯びて(14a)」ガリラヤに戻りました。イエスはナザレの会堂でご自身の声明を顕わしました。イザヤ61章を朗読されたのです。

「わたしの上に主の御霊がおられる。
主が、貧しい人々に福音を伝えるようにと、わたしに油をそそがれたのだから。
主はわたしを遣わされた。
捕らわれ人には赦免を、盲人には目の開かれることを告げるために。
しいたげられている人々を自由にし、
主の恵みの年を告げ知らせるために。」
(14:18-19)

そして「きょう、聖書のこのみことばが、あなたがたが聞いたとおり実現しました。(21)」と告げました。

「わたしの上に主の御霊がおられる。(18)」という預言がイエスに成就したということです。「主の御霊」とは「聖霊」と同じ意味です。テトスは「神は、この聖霊を、私たちの救い主なるイエス・キリストによって、私たちに豊かに注いでくださったのです。」と教えています(テトス3:6)。イエスのうちに聖霊に満たされた生活の実を見ることができます。それは信じる者にも同様にみられるものです。

  1. 聖霊の注ぎ
    「キリスト」とは字義的には「油そそがれた者」という意味があります。(それはヘブル語の「メシア」をギリシャ語に訳した言葉です。)ここで私たちは、イエスが聖霊の注ぎを受けて御業をなしたことが分かります。同じ油注ぎがペンテコステの日にイエスに従った者たちに与えられました。「私たちに油をそそがれた方は神です。神はまた、確認の印を私たちに押し、保証として、御霊を私たちの心に与えてくださいました。(2コリ1:21-22)」2世紀の神学者、アンテオケの聖テオフィロスは「私たちはクリスチャン(christianoi)と呼ばれている。それは私たちが、神の油によって油注がれたからだ(chrisometha)」と言いました。

    聖霊は「主が、貧しい人々に福音を伝えるようにと、…捕らわれ人には赦免を、盲人には目の開かれることを告げるため、しいたげられている人々を自由に(ルカ4:18)」するためにあなたに注がれたのです。聖霊の力によってなされる奉仕以上に興奮に満ちたものはありません。
  2. あわれみに満ちたことば
    人々はイエスの口から出る「恵みのことば」に驚きました(22)。愛は礼儀に反することをしません。(1コリント13:5)イエスはいつもあわれみに満ちています。あなたの生活に御霊の力が及んでいるしるしはあわれみ深いことばです。
  3. 驚くべき教え
    人々はイエスの教え驚きました。なぜなら、イエスのことばに権威があったからです(ルカ4:32)。「彼の教えは、とても率直で、とても確信があり、とても権威あるものであって、言い逃れや月並みな物言いがなかった(32,MSG訳)」権威は聖霊の力から来ます。聖霊によらなければ、教えは口先の言葉になるのです。
  4. 権威と力
    聖霊の力によって、イエスは悪霊に立ち向かいました(33-35)。そして、人々はまた驚いたのです(36)。彼らはイエスが「権威と力とでお命じになった(36)」ことを理解しました。
  5. 称賛と怒り
    聖霊による御業を見た人々に2つの異なる反応がありました。それは称賛と怒りです。15節を読むと「イエスは、彼らの会堂で教え、みなの人にあがめられた。」とある一方で、「これらのことを聞くと、会堂にいた人たちはみな、ひどく怒り、(28)」ともあります。現代も、同じような反応を見ることができます。イエスのメッセージと聖霊の働きは称賛と怒りという両方の反応を生み出すのです。

祈り:ありがとうございます。主よ。イエスを満たした同じ聖霊を私に注いでくださることを。主よ。今日、聖霊の力をもって私に油注ぎを与えてください。あなたから来る権威をもって、あわれみに満ちたことばを語ることができますように。


神の豊かな備え

民数記13:26-14:45

神はご自身の民に気前よく与えます。この箇所から「乳と密の流れる地」を神が与えようとしたことを知ることができます。ヨシュアとカレブは「私たちが巡り歩いて探った地は、すばらしく良い地だった。もし、私たちが主の御心にかなえば、私たちをあの地に導き入れ、それを私たちに下さるだろう。あの地には、乳と蜜とが流れている。(14:7-8)」と告げます。

神の気前良さは並外れたものです。やがて主と顔と顔を合せる時のために主は蓄えておられるものがあるのです。(エペソ1:13-14、ヘブル4:8-11、1ペテロ1:4-5)。しかし、今この地上でも神はご自身の民に与えておられるものはたくさんあります。もし、あなたが神の気前よさを味わいたいなら、今日、焦点を合わせるべき4つの事柄があります。

  1. 占領する
    カレブは「ぜひとも、上って行って、そこを占領しよう。(民数13:30b)」と言いました。しかし民は「あの民は私たちより強いから(31)。」と反対しました。彼らは神の備えよりも目前の敵に目を奪われていたのです。いつでも反対はあります。しかし、巨人によってひるんではなりません。

    人々は巨人を打ち負かすことができると思わなかったのです。たった4人だけが(モーセ、アロン、カレブ、ヨシュア)神が問題よりも大きなお方であると信じたのです。ジョイス・マイヤーはこうコメントしています。「悲しいことに、私たちは神にではなく、巨人サイズの問題に目を奪われてしまいます。…神を賛美し礼拝することに多くの時間を費やすことは、力をもって、前向きな態度で、神が私たちにするように語られたことは何でもできると信じてまっすぐに進むための焦点をはっきと定めることができることに役立つと私は信じます。」
  2. 神の約束を信じる
    主はモーセに「この民はいつまでわたしを侮るのか。…いつまでわたしを信じないのか。(4:11)」と言いました。神の民は、彼らの指導者に不平をつぶやき、「私たちはなぜエジプトで死ねなかったのか?…さあ新しい指導者を選ぼう。さあエジプトに帰るのだ(2-4,MSG訳)」と言いました。反対に遭ったり、いくつかの問題があると、人は自己憐憫に陥り、古い生活に戻りたくなってしまう誘惑にさらされます。でも、あなたがイエスに従う前の生活が今より良かったかどうか考えてみてください。それはすべての犠牲を台無しにしてしまう誘惑なのです。
  3. 神の導きを注視する
    神は私たちに優しく寛大です。神は「昼は雲の柱、夜は火の柱(14)」をもって私たちの前を進んでくださることを約束しておられます。通して顕し続けてくださいます。もし、あなたが神が与えてくださる良きものを喜び楽しみたいならば、あなたの目を神の導きに焦点を合わせましょう。
  4. 主に従うことを選び取る
    大多数が巨人に心萎えましたが、ヨシュアとカレブは違いました。彼らは神に「ほかの者と違った心を持っていて、従い通した(24)」のです。そしてついに、ただ「熱心に(24,MSG訳)」主に従った者たちだけが、乳と蜜の流れる血を楽しむことができるのです。

祈り:主よ。あなたが驚くべき気前よさを持って、すべての良いものをご自身の民のために用意してくださっていることを感謝します。あなたが私にくださるすべての賜物を受け継ぐことができますように。あなたの約束を信じ、あなたの導きに耳を傾け、熱心にあなたに従うことができますように。そしてあなたの「楽しみの流れ」からいつも飲むことができますように。アーメン。

H.K

References

Joyce Meyer, Everyday Life Bible, (Hodder & Stoughton, 2006) p.233