Tokyo Chapel

2019年8月19日

第231日

16の愛の特徴

今日の新約聖書の箇所には、16の愛の特徴が書き上げられています。ある宣教師は、毎日そこから4つの節を読むことにしており、私はそれに倣おうとしたことがありました。その宣教師は「愛」という語が出てくる度に自分の名前を入れ替えて読むのです。そして、それが自分にとって真実でないと思う特徴までくると、読むのをやめるのです。その目的は、やがて、すべてのリストを読み通すことができるようになるということでした。

4つの節(1コリント13:4-7)は「愛は寛容である」から始まります。それで、私は自分の名前と置き換えて「ニッキーは寛容である。」から始めました。私がそこでやめなければならないとしても、自分を良く知っている人は何も驚くことはないだろうと思いました。

偉大な伝道者D.L.ムーディーは一度イギリスの友人を訪問したことがありました。ある夜、彼らはヘンリー・ドラモンドに、あるみことばの箇所の説明を尋ねました。幾つかの勧めの後で、ヘンリーはポケットから小さな新約聖書を取り出すと、1コリント13章を開いて、愛について語り始めました。D.L.ムーディーはその感想を記しています。

「それは今まで聞いたこともない美しいことのように私は思えた。私たちクリスチャンの生活において一つの大きな必要は愛なのだ。神へのさらなる愛と他者への愛。私たち皆がその愛の章へと入り込み、そこに生きることが出来ればどれほどよいことか。」

その夜、ドラモンドが語った思想は世界で最も偉大なこと(The Greatest Thing in the World)という彼の本の中で見ることができます。彼は記しました。「至高の善とは何か?あなたの前にあなたはいのちを持っている。もう一度あなたはそれを生きることができるのだ。最も高貴な願いの対象、切望する至高の贈り物とは何か?1コリント13章で「パウロはその源であるキリスト教信仰に私たちを導く。そしてそこで私たちは見るのだ。『最も偉大なものは愛である』と。」

神は愛です。神を愛すると言いながら兄弟を憎んでいるなら、その人は偽り者です(1ヨハネ4:20)。愛はあなたの霊的な優先順位リストの一番にあるべきです。それはあなたの人生の中心となるべきことです。それは、聖パウロの言葉を借りれば「さらにまさる道(1コリント12:31)」なのです。


あなたへの神の愛を楽しむ

詩篇100:1-5

詩篇の作者は私たちに「全地よ。主に向かって喜びの声をあげよ。喜びをもって主に仕えよ。喜び歌いつつ御前に来たれ。(1-2)」と強く勧めます。作者は私たちに「感謝しつつ、主の門に、賛美しつつ、その大庭に、入れ。主に感謝し、御名をほめたたえよ。(4)」と告げます。「『感謝します!』というパスワードを打ち込め!(4,MSG訳)」「感謝せよ。そしてそのように彼(神)に言え。(4,AMP訳)」

そのような喜び、感謝、賛美の理由は何であり、なぜそうするのでしょうか?詩篇の作者はその答えを5節に記します。「主はいつくしみ深くその恵みはとこしえまで、その真実は代々に至る。(5)」

神は良いお方であり、神はあなたを愛しています。これは聖書全体のメッセージをまとめ上げたものです。私たちの愛の源は神の愛です。「私たちは愛しています。神がまず私たちを愛してくださったからです。(1ヨハネ4:19)」神があなたを愛しておられることを理解し、信じ、受け入れなさい。そして神の愛を楽しみなさい。

祈り:主よ。私へのあなたの驚くべき愛のゆえに感謝と賛美をささげます。あなたの愛は永遠に尽きることがないことを感謝します。今日、あなたの愛を私が楽しむことができますように。


愛の生活を抱きしめる

1コリント12:27-13:13

ヘンリー・ドラモンドは、この章の冒頭に私たちは「対比される愛」を持っていること、章の中間で、私たちは「分析された愛」を持ち、章の終わりに、私たちは最高の賜物として「擁護された愛」を持っていると説明しました。

  1. 対比される愛
    1コリント13章の愛の記述は新約聖書全体の中で、最も美しく、一番よく知られた箇所の一つです。結婚式で読まれる箇所として、教会に通っていない人々の間でも知っている人が多い箇所です。パウロはキリストのからだにおける聖霊の賜物についての教えの中間にこの箇所を配置しています。

    パウロは1コリント12:27-30で9つの御霊の賜物を挙げています。12章の冒頭にも9つの御霊の賜物が列挙されています。そのうち5つは同じ賜物です。ですから、全部で13の御霊の賜物が挙げられているのです。パウロはこれらの賜物がキリストのからだの中で完全に機能するように、これらの重要性を記述したのです。

    パウロは愛について語ることで賜物の重要性を減じてはいません。むしろ、彼はこう言うのです。「賜物はとても重要です。しかし愛はさらに重要です。」私たちは渇望して聖霊の賜物が今日の教会において適切に用いられる必要があります。しかしながら、パウロの時代と同様に、愛はもっと大切なのです。それは「さらにまさる道(31)」です。

    実際に、パウロはもし私たちがすべての賜物を持っており、私たちの持ち物すべてを貧しい者たちに与え、殉教の死を遂げたとしても、愛がないのであれば、私たちには何の益もないというのです(13:1-3)。パウロは、博愛主義者や殉教者を批判していないのと同じように(3)、異言や預言を語るというような、賜物を用いることを批判しているのではありません(1-2)。あなたがするすべてのことは愛の内に為されるべきであるということの重要性を、パウロはただ強調しているのです。
  2. 分析された愛
    それからパウロは愛の16の特徴を列挙しています。ニッキーはいつもこのリストを読むときは深い挑戦を感じます。彼は、これらすべての特徴に程遠い者であることを知っています。(最初の一つ目だけでなく!)しばしば、うまくいきません。私はこの箇所のMessage訳が好きです。 「愛はあきらめません(「愛は寛容である」,NIV訳)

    愛は自分よりも他者をお世話します。
    愛は持っていないものを欲しがりません。
    愛は反り返って歩きません、
    うぬぼれません、
    他人におしつけてません、
    いつも「俺が一番」と言いません、
    かっとなって怒り出しません、
    他人の罪を数え上げません、
    誰かが屈服しても得意になりません、
    真理が花開くことを喜びます、
    どんなことにも我慢します、
    神をいつも信頼します、
    いつも最善を見出します、
    後ろを振り返らず、

    最後まで走り続けます。」(4-7,MSG訳)どれか一つを取り上げてみましょう。例えば「神をいつも信頼する」それを成し遂げましょう。人生が変わります。
  3. 擁護された愛
    愛は永遠です。その他のものは一時的です。聖霊の賜物はすべて、やがて来る日には必要なくなります。パウロがここで語っている聖霊の賜物は(たとえば、異言を語ることなど)歴史のある時点で終わってしまったのだろうと論じる人々がいます。実際は、パウロは全く反対のことを言っているのです。パウロは聖霊の賜物は私たちがイエスを「顔と顔とを合わせて(12)」見る日まですたれることはないと言うのです。しかし、私たちはまだイエスを「顔と顔とを合わせて」見てはいません。そして、それゆえ、聖霊の賜物はまだ終わってはいないのです。私たちはまだ、それらを渇望して必要としています。

    しかし、この世界で一番偉大なものは愛です。信仰、希望、愛は3つの大切なものです。しかし「その中で一番すぐれているのは愛です。(13)」

祈り:主よ。私たちは今日教会の中でこのような愛を渇望して必要としています。愛の内に成長し、聖パウロが記したことを反映することができますように。あなたを愛し、他者を愛し、それが私の人生の最高の優先順位となりますように。


愛が中心となることを確かにする

雅歌5:1-8:14

雅歌の中には再三、「愛」とか「愛する人」という言葉が出てきます。それらは愛する人と愛される人との間のロマンティックな愛に他なりません。彼らは互いに愛することに駆られるのです。愛される人は「彼への愛に焦がれている(5:8,MSG訳)」のです。

肉体的なそして性的な要素が強く描かれています。結婚相手の肉体的な美しさも描写されています(5:10-16、6:4-9)。ある注解者はこう記します。「雅歌は長い歌詞の性的な愛と欲求を歌った詩です。からだについての詩は欲望を対象とし、喜びの源、そして性的な満足を探し、見つけようとする絶え間ない駆け引きに興ずる愛する者たちを描いているのです。」

しかし、彼らの愛は肉体的、性的な愛を超えてゆきます。愛される者は言います。「これが私の愛する方、これが私の連れ合い(友人,NIV訳)です。(5:16c)」あなたのパートナー、あなたの愛する人、そしてあなたの最も親しい友として、結婚相手以上の人はいません。

昨日の箇所で愛する者は言います。「庭の泉、湧き水の井戸(4:15)」人はそれぞれ尽きることなく溢れ出る美しく素晴らしい源なのです。

雅歌が最後に描いているように、愛の尽きることのない特質の美しい情景が描かれています。「私を封印のようにあなたの心臓の上に、封印のようにあなたの腕につけてください。愛は死のように強く、ねたみはよみのように激しいからです。(8:6)」そして今、イエスの復活ののち、私たちは愛は死よりも強いと言うことが出来ます。「愛は決して絶えることがありません。(1コリント13:8)」

再び、私はMessage訳が好きです。

「愛の炎は何があっても消えることはない。
それはすべてをなめつくす。
洪水の水も愛を飲みつくすことはできない。
豪雨さえも消し去ることはできない。
愛は買うことができないし、売ることも出来ない。
それは市場で見つけるべきものではないのだ。(8:6c-7, MSG訳)」

祈り:主よ。感謝します。私へのあなたの愛はまるで何があっても消えることがない火のようです。あなたへの私の愛が私の人生の最優先されるものでありますように。あなたの愛を買ったり、努力で手に入れたりできないものであることを、そしてただ感謝しへりくだって受け取るものであることを感謝します。アーメン。

H.K

References

Henry Drummond, The Greatest Thing in the World, (Revell, 2011), pp.10,13