Tokyo Chapel

2018年1月16日

第16日

心からあふれ出す

私は何年もの間、ビリー・グラハムに会ってみたいと願ってきました。しかし今まで会ったことがありません。ところが、ある日、ビリー・グラハムが私のツイッターをフォローしているのを発見したとき、最高に光栄な気持ちになりました。もちろん、私はフォロー・バックしました!私にとってビリー・グラハムは信仰の英雄です。ビリー・グラハムは人類史上、最も多くの人々にイエスについて語って来たのです。

私はビリー・グラハムの説教を数多く聞いてきましたが、その度に霊的な感動を覚えました。ビリー・グラハムは説教の前に十分に心を満たして臨むのだそうです。彼は5つほどの十分な題材を用意するのです。それは、彼が「溢れ出るように」話すことが出来るためです。

イエスの言葉に従うと、心が本当に大切です。「心に満ちていることを口が話すのです。(マタイ12:34)」どのようにしてあなたの心に良いことをためることができるのでしょうか?


神のみことばを心に蓄える。

箴言2:1-11

あなたは神を知ることに飢え渇いていますか?もっと知恵深く、もっと熟練し、たくさんの知識と理解を持ちたいですか?

それには、毎日聖書を読むことを習慣づけることが秘訣です。「わが子よ。もしあなたが、私のことばを受け入れ、私の命令をあなたのうちにたくわえ、あなたの耳を知恵に傾け、あなたの心を英知に向けるなら、…知恵があなたの心に入り、知識があなたのたましいを楽しませるからだ。(1-2,10)」

  1. 何をすることが必要か?
    あなたは神のことばをあなたの内に「たくわえ(2:1)」ることが必要です。耳を傾け、心を英知に傾け(2)、悟りを呼び求め、求めて声をあげ(3)、捜し、探り出す(4)ことです。「金の鉱脈を探す山師のように調査しなさい。宝探しにわくわくする冒険家のように。(4,MSG訳)」それには時間をかける覚悟が必要です。聖書を読む時間を生活の中で特別に取り置きましょう。それを生活の最も優先する事項とするのです。
  2. あなたがそうするなら神は何を約束するのでしょうか?
    あなたは「神の知識(5)」を見出すでしょう。なぜなら、神のご性質は「知恵」「知識と英知」(6)、勝利(7)、守り(8)、思慮(11)を与えることだからです。神はあなたに、「目をとめてくださること」そして「曲がるな場所を間違えたり、悪い方向に従うことから守る」と約束しています。(8,12, MSG訳)

祈り:主よ。日々あなたと過ごす時間を取ることができますように。聖書の教えを私の生活に適用させてください。


聖霊に満たされ続ける。

マタイ12:22-45

「私たちが語る言葉は家を建て上げるレンガを積むことにもなるし、ブルドーザーのように破壊することにもなる」というジョイス・マイヤーの言葉があります。心に積み重なった思いは遅かれ早かれことばとなって出てきます。見たり聞いたり、読んだり考えたりするものに気をつけるべきです。心によいものを蓄えるなら、よいことを考え、よいことばとなって出てきます。そして良い実を結ぶのです。(33)

イエスは「まむしのすえたち。おまえたち悪い者にどうして良いことが言えましょう。心に満ちていることを口が話すのです。良い人は、良い倉から良い物を取り出し、悪い人は、悪い倉から悪い物を取り出すのです。(12:34-35)」と言いました。

イエスが「心に満ちていることを口が話す」ことについて述べている背景は聖霊について(また反対に悪霊について)です。私たちは自分自身の思考パターンを自分で変えることができません。あなたには、神の愛に満たされ、良い実を結ぶために聖霊の助けが必要なのです。

イエスが30-32節で言われたことは、「赦されない罪」というのは生涯を通して聖霊に逆らい続けることであると解釈できます。時々、私は「赦されない罪」を犯してしまったのではないかと心配する方に出会います。しかしながら、もしあなたがそのことを心配しおられるなら、あなたはまずその罪を犯してはいません。もし、あなたが神に悔い改めて罪の赦しを願ったのであれば、あなたには赦されない罪はありません。ただ、「赦されない罪」は、一生を通してイエスを拒み、神に悔い改めることをせず、聖霊の働きを締め出して生きることです。

イエスは悪霊がどのように働くかを、綺麗にそうじされた家で以前からの古い生活に戻ってしまうという描写を用いて、その危険性を警告しています。イエスは人々が古い罪に戻ってしまうと、その悪は以前にもまして悪くなり(43)、最終的には最初よりもひどくなってしまうことを警告しているのです(45)。

パリサイ人や律法学者たちはその例です(38)。彼らはイエスの数多くのしるしと不思議をすでに見ました。しかし、イエスの力を聖霊の働きと認めることを拒んだのです。彼らが「奇跡についてはどうなんだ?(38,MSG訳)」と言う時、あたかも彼らはイエスに反対尋問しているようです。

しかしながら、イエスは形勢を逆転させる受け答えをしました。ご自身を旧約聖書の預言者ヨナと比較して、イエスにしばらくのちに起こる十字架の死と三日後の復活を言及しているのです(39-40)。イエスの復活はご自身がどのようなお方であるかの究極のしるしです。

イエスは、パリサイ人たちがすでに十分な証拠として持っている旧約聖書から2つの事例研究を与えました。第一はヨナがニネベの住民に説教し、彼らの生活が帰られたことです。イエスはヨナよりも偉大です。第二にシェバの女王がソロモンの知恵を認めたことです。イエスの知恵はソロモンの知恵より偉大です。彼らも私たちもそれいじょうの証拠は必要ありません。

それが悪霊の力を追い払う聖霊です(28)。日々の戦いの中で悪と対抗して戦いなさい。そして聖霊に満たされるように求め続けなさい。あなたの心が良いかどうかをテストするなら、あなたの口が出る言葉で測ればよいのです。「心に満ちていることを口が話すのです。(34)」

イエスは彼らに言いました。「お前たちの考えは蛇の穴(snake pit)のように大混乱(snake pit)している。そんなにも汚れた考えでいながら、良いことを言ってるとでも思っているのか?お前たちの話している言葉の意味は辞書にではなく、お前たちの心にあるのだ(34,MSG訳)」正しいことを話そうとするなら、あなたの心を聖霊で満たしていただくことです。

祈り:主よ。私の心をいつも良いことで満たし、悪から守ってください。今日、再び聖霊によって満たしてくださいますようにお祈りします。


祈りで神と格闘する。

創世記32:1-33:20

あなたは人生で大きな恐れや心配に遭ったことがありますか?

ヤコブが兄エサウと再会することは大きな葛藤を呼び起こしました。彼は仲たがいしている兄エサウが彼に復讐するのではないかと心配したのです。ヤコブは「非常に恐れ、心配した(32:7)」のです。
ヤコブは祈りの人でした。彼の罪を犯しましたが、彼は神を知っていました。彼は自分が受ける価値無き者であることを認識していました。ヤコブは神に「私は(神の)恵みとまことを受けるに足りない者です。(10)」と祈ったのです。

ヤコブは神の約束によりすがって祈ったのです。「どうか私の兄、エサウの手から私を救い出してください。…あなたはかつて『わたしは必ずあなたをしあわせにし、あなたの子孫を多くて数えきれない海の砂のようにする』と仰せられました。(11-12)」彼の祈りは答えられました。それは彼が想像した以上のものでした。

祈りは常に一筋縄ではいかないものです。時々、それはヤコブのようです。神と格闘しなければなりません(32:22-32、コロサイ4:12)。それは時間と労力を費やすものです。そして決心が要求されます。ヤコブは神に言いました。「私はあなたを去らせません。私を祝福してくださらなければ。(26)」そして、もものつがいをはずされたヤコブは足をひきずりながら歩きました(31)。

新約聖書では、パウロは三度取り去られるように祈りましたが、肉体に一つのとげが与えられたと告白しています(2コリント12:7)。それは彼が高ぶることがないようにです。時に、神の前に私たちは弱さを思い知らされますが、神はあなたを用いることをお止めにはなりません。実際は、神は私たちの力強さよりも弱さをしばしば用いられるのです。神はパウロからとげを取り去りませんでしたが、パウロがいうように、主は「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現れるからである」と言われたのです(2コリ12:9)

あなたにも、パウロのとげやヤコブのように足をひきずって歩く体験があるでしょう。ひ弱さであったり、身体的な困難を抱えているかもしれません。ジャッキー・ポリンジャーは「私は足をひきずって歩いていない人を信頼することは出来ない。」と言いました。困難な出来事、失望したり葛藤したりすることを通して、私たちの心が変わることはしばしばあるのです。私たちは神と格闘した後のヤコブが新しく変えられたのを見ることが出来ます。兄に対する態度は一変したのです(33章)。

祈りによって勝利を獲得した後で、すべてのものが入れ替わって見えます。そこには素晴らしい再会と和解がありました。「エサウは彼を迎えに走って来て、彼をいだき、首に抱きついて口づけし、ふたりは泣いた。(33:4)」

二人の態度は以前と完全に変わったのです。エサウは、「弟よ。私はたくさんに持っている。あなたのものは、あなたのものにしておきなさい(9)」と言いました。

ヤコブは答えました。「いいえ。もしお気に召したら、どうか私の手から私の贈り物を受け取ってください。私はあなたの顔を、神の御顔を見るように見ています。あなたが私を快く受け入れてくださいましたから。どうか、私が持って来たこの祝いの品を受け取ってください。神が私を恵んでくださったので、私はたくさん持っていますから。(10-11)」

祈り:主よ。あなたが祈りに答えられる神であることを感謝します。ヤコブのように祈りで格闘することができますように。主よ。キリストにあるすべての兄弟姉妹たちと和解することができますように。私の唇から私の心が溢れ出ますように。アーメン。

H.K

References

Joyce Meyer, Love Out Loud (Hodder & Stoughton, 2011)