2019年2月3日
第34日
あなたの人生での三種類の勝利
ホセ・エンリケスは、チリ北部のサン・ホセ鉱山の崩落の際、地下700メートルに33人の工夫と共に閉じ込められた一人です。それは、2010年8月5日のことでした。17日間の救出活動はすべて失敗でした。サン・ホセ鉱山には彼らが生きている確証はなにもありませんでした。取り残された工夫たちには3日分の食事と水しかなかったのです。苦悶の末の餓死が予想されました。
ホセ・エンリケスと妻のビアンカが教会でインタビューを受けた時、どのようにして彼らが神に奇跡を願って祈ったかを語りました。彼は8月22日の瞬間を次のように話しました。彼らが閉じ込められていた所に掘削ドリルが到達したとき、彼らは鉄の棒でドリルをたたきました。そして、ドリルに塗料をスプレーしました。彼らはたくさんのメッセージをドリルに残しました。地上にドリルが引き上げられると、そこには「私たちは生きている。シェルターには33人。」というメッセージを読むことが出来ました。
結局、男たちは地上に引き上げられるまで69日間を地下で生き延びたのです。全世界の何十億という人々が救出の様子をテレビで見ました。傑出したこれらの男たち、彼らの家族、チリの国民、そして全世界が素晴らしい勝利を祝ったのです。
信仰の生活はチャレンジに満ちています。そこには苦難と試練があります。しかし、勝利の瞬間があるのです。今日の箇所から3種類の勝利を知ることができます。
1.あなたの敵からの勝利
詩篇18:16-24
ダビデの生涯には多くの戦いがありました。彼の周りを多くの敵が囲んでいました。「彼らは私より強かった…。(18:17b)」しかし、彼らは神よりも強くはなかったのです。ダビデよりも強かった者たちから、神はダビデを救い出し、「広い所に連れ出し(19)」ました。「私は救われたその所に立った。私は自分が愛されている者であることに驚いた!(19b,MSG訳)」
もし、あなたが「広い所に」導かれたのなら、神に感謝することを覚えましょう。もし、そうでないなら、神に助け出してくださるように叫び求めましょう。そして、もし、あなたの家族や友達が葛藤している時には、神が「広い所に」彼らを連れ出してくださるように祈りましょう。
祈り:主よ。私を大水から引き上げ、広い所に連れ出してくださったことを感謝します。今日、私は祈ります。彼らを広い所に連れ出してください。
2.あなたへの批判に勝利する
マタイ22:15-46
イエスの質問相手は、イエスに3つの質問を仕掛けました。それは罠の質問、トリックな質問、試す質問です。(22:17,23,35)いずれの場合も、イエスは各々の質問に対して、それぞれ軍配はイエスに上がり、イエスはその答えを与えました。答えに人々は「驚嘆(22)」し「驚いた(33)」だけではなく、その答えは人類の歴史全体に影響を与えるものになったのです。イエスの答えから何を学ぶことができるのでしょう?
- あなたの生活を聖と俗に分けない
パリサイ人が仕掛けた質問は罠でした。彼らはイエスに問いました。「どう思われるのか言ってください。税金をカイザルに納めることは、律法にかなっていることでしょうか。かなっていないことでしょうか。(17)」彼らが税金のことを引き合いに出すことは珍しいことでした。もしイエスが「はい」と答えたら、人々の目にはイエスは信用されなくなったことでしょう。すべての者たちがイエスを憎み、ローマに屈する裏切者と写ったことでしょう。
しかし、イエスが「いいえ」と答えれば、反逆罪の口実を与え、捕縛され処罰される事になりかねません。
イエスは知恵に満ちています。規則に屈することなく時代を超えた原則を説明したのです。イエスは「カイザルのものはカイザルに返しなさい。そして神のものは神に返しなさい。(21)」と驚嘆する答えを返したのです。
イエスに従う者には2つの国籍があるのです。あなたは、この地上の社会の仕組みに入れられた者として良い市民として務めを果たす責任があります。
また、あなたは、天に国籍を持つ者として神に対する責任があります。原則的に、カイザルと神、これらは対立関係に置く必要はありません。あなたはどちらにおいても良き市民として召されています。あなたは社会から引きこもるのではなく、社会生活に包含されているのです。
神はあなたの生活の「聖」の部分を担当していて、政府はあなたの生活の「俗」の部分を担当するというのではありません。むしろ、あなたの生活全体は神の権威のもとにあるのです。神に従っていくあり方の一部が、国や行政が法で定めた要求を尊重し従うことなのです。同じように、コインにカイザルのイメージが刻まれているように、あなたには神のイメージが刻まれているのです(創世記1:26)。神はあなたに、あなたの人生そのものを委ねることを願っているのです。
- 死んだ後の命があることを知る
次に、サドカイ人が7人の妻がいた男についての質問でトリックにかけるためにやってきました。サドカイ派の人々は復活を信じていなかったので、復活の不合理性を見せようとしてトリックを仕掛けた質問持ってきたのです(マタイ22:23-28)。
そんな彼らにイエスは答えます。「思い違いをしているのは聖書も神も知らないからだ(29)。」イエスはモーセ五書を用いて説明しました。(モーセ五書とは旧約聖書の最初の5つの書のことで、サドカイ人はただこの五書だけを信じていました。)イエスは、「神は死んだ者の神ではありません。生きている者の神です(32b)。」ということを示しました。
イエスが引用したこの箇所は出エジプト記3章6節でモーセが燃える柴のところで語られた神の言葉です。「わたしは、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である(マタイ22:32a)」モーセが神からこの言葉を聞いたとき、アブラハムもイサクもヤコブも何百年も前に死んでいました。神は、「わたしは彼らの神だった」とは言わず、「…神である」と言われたのです。つまり、彼らは今も生きているのです。
イエスはこの地上での命だけがすべてではないことを示されました。イエスは地上の命とやがて来る命は連続していることを示されたのです。肉体の復活があるのです。しかし、「復活の時には、人はめとることも、とつぐこともなく、天の御使いたちのようです。(30)」と不連続な面もあります。とにかく、聖書は復活があることを示しています。もし神が全能者であるなら、復活はあるはずがないなどと言えるでしょうか?
- 神と人を愛することが第一です
律法の専門家たちはイエスを試して、最も大切な戒めを尋ね、イエスは、旧約聖書全体の中心である素晴らしい回答をしました。神を愛すること「情熱と祈りと知性のすべてを持って(37,MSG訳)」ことと人を愛すること「自分自身のように愛するように他者を愛する(39,MSG訳)」ことです。すべて他のことはこの二つの戒めから導き出されるのです(34-40)。
批判の声が静まったので、今度はイエスが彼らに質問しました。それはイエスのアイデンティティーに関わる質問です。イエスは聖書からキリストはダビデの子孫であるだけではなく、ダビデの主であることを示しました(41-46)。イエスはメシヤは単純に偉大な人間の王を超越した存在なのだということを表したのです。これは、彼らのメシアについての仮定に対する挑戦だけではなく、イエスのアイデンティティーを彼らに暗示させるものでもありました。
これはイエスが論争に勝利した瞬間でした。「直解主義であった彼らは言葉に詰まった。公衆の面前で言葉のやり取りをして面目を失うリスクを冒したくないので、これを最後に彼らは質問するのをやめてしまった(46,MSG訳)」
祈り:父よ。イエスのように、罠を避け、仕組まれた質問をうまく扱い、試された質問に答える知恵を与えてください。
3.あなたへの誘惑に勝利する
ヨブ30:1-32:22
ヨブ記がきっぱりと言い表しているのは、苦難を個人的な罪のあるなしに直接結びつけて考えなくてもいいということです。ヨブも完全ではありませんでしたが(13:26,14:17)、ヨブ記全体が指し示しているのは、苦難はヨブの罪のせいではないということです。ヨブは「潔白で正しく、神を恐れ、悪から遠ざかっていた(1:1)」のです。
ヨブは友人たちの告発があっても、自分の両親は全く明白であることを知っていました。それはあたかもヨブは被告席に着いて彼の告発者たちに「告訴状(31:35)」を読みあげられているようなものです。今日の箇所では彼の弁護が始まります(35)。
ヨブの生活は模範であり、刺激であり、挑戦です。それは、きよく正しい生き方の手本です。
- あなた自身をきよく保つ
ヨブは言いました。「私は自分の目と契約を結んだ。どうしておとめに目を留めよう。(31:1)」ヨブは心が女に惑わされることはありませんでした(9)。彼は「不倫は家を焼きつくす火である(12,MSG訳)」という自覚を持っていました。 - 物質至上主義を排する
ヨブは、非常に繁栄していましたが、豊かさに信頼を置きませんでした(24)。また、「黄金に向かって、私の拠り頼むもの」と言ったりしませんでした(24)。ヨブの心は「ひそかに惑わされる(27)」ことはなかったのです。 - あなたの敵を愛する
ヨブは自分の敵を憎むという誘惑に抵抗しました。ヨブは彼の敵に「わざわいが下ったとき、喜び勇んだこと(29b)」がありませんでした。(それは強烈な誘惑ですが!)怒りの言葉を口にすることは大きな誘惑ですが、ヨブは「自分の口に罪を犯させなかった(30)」のです。 - 気前よくあれ
ヨブの生活はただ罪を避けるだけではありませんでした。ヨブは雇い人たちに対してフェアでした(13)。ヨブは「寄るべのない者の望みを退け、やもめの目を衰え果てさせる」ことはありませんでした(16)。ヨブは異国人を外で夜を過ごさせることなく、もてなしました(32)。
祈り:主よ。きよい良心をもって生きることができるように助けてください。あなただけを私の拠り所とすることができますように。イエスの十字架を通して、あなたは私の罪を赦してくださいました。聖霊の力によって私が誘惑に打ち勝つことができるようにしてください。アーメン。
H.K