Tokyo Chapel

2019年4月6日

第96日

押し進んで行く

「何か見えますか?」そう助手が尋ねた時、カーターの眼は薄暗い空間に釘づけになっていました。カーターの眼ははっきり見えていたのですが、彼の目の前に広がる財宝の数々に彼はことばを失ってしまったのです。

二千年以上もの間、探検家や墓泥棒や考古学者はエジプトのファラオの墓所を探し求めました。わずかばかりの証拠しか手にすることができなかったイギリスの考古学者ハワード・カーターは何年もの歳月を費やしたことが徒労のように思えました。

しかし、カーターは押し進んで行きました。そして、ついに古代エジプトの墓所を扉を開いたのです。それは現代社会に生きる誰もが目にしたことがないようなものでした。ミイラ処理を施した王の体は3つセットの棺のうちの純金でできた一つに横たえられており、王の頭の上には金でできた肖像のマスクが置かれ、数えきれないほどの宝石が体の周りにところ狭しと置かれていました。

そのほかの部屋にも銅像、戦車、武器、家具、壺、短剣、宝石、玉座などがぎっしりと詰められていました。それはツタンカーメン王と王女の墓でした。王はBC.1352年から1343年まで統治したと言われています。それは3265年の歳月を経て、1922年11月26日、カーターによって発見されたのです。

ハワード・カーターは世界で最もエキサイティングな発見をした考古学者といえるでしょう。彼は探し求めることを決してやめませんでした。彼は押し進んでいったのです。彼は屈することなくやり遂げたのです。水滴は岩をも貫きますが、それは力ではなく、忍耐の為せる業です。

神はあなたを愛しています。神はあなたを無理やりさせようとはなさいません。神はただご自身をあなたに啓示することを約束なさるのです。もし、あなたが、あきらめることなく、探し求めるなら…。


神の知恵を毎日探す

箴言8:32-36

あなたが毎日聖書を開き、神のことばを聴こうとするなら、どんな素晴らしいことが起こるかを今日の箇所は私たちに描いています。「幸いなことよ。日々わたしの戸口のかたわらで見張り、わたしの戸口の柱のわきで見守って、わたしの言うことを聞く人は。(34)」これが、人生を満ち足りて生きる道です。「なぜなら、わたしを見いだす者は、いのちを見いだし、主から恵みをいただくからだ。(35)」これはとても大切な事です。それは生死にかかわることなのです。

私たちは箴言の知恵をキリストの予型として見てきました。なぜなら、キリストは神の知恵だからです。主から知恵は処世術ではありません。その知恵を学ぶことは私たちにいのちの泉をもたらします。

神を求めることには訓練と忍耐が伴います。あなたは神を待つことを学ばなければなりません。もし、あなたが急ぎ過ぎるなら、きっと見失ってしまうでしょう。

祈り:主よ。あなたを見出す時、私はいのちを見出します。あなたを毎日求めることを助けてください。忍耐をもって待ち、あなたの導きに聴くことができますように。


神の霊を絶えず求める

ルカ11:5-32

イエスは、私たちに簡単に先送りしないように励ましています。イエスは物語の中で、不完全な人間同士の関係でさえ「あくまで頼み続ける(8)」ことが力であることを告げているのです。

さらにイエスは、あなたととの関係と同じように、いかに忍耐が重要であるかを説明し続けます。「求め続けなさい。…捜し続けなさい。…叩き続けなさい…求めて、求める続ける者は皆受け取り、探し、探し続ける者は皆見つけ出し、叩き、叩き続ける者は皆扉が開かれる(9-10,AMP訳)」と言葉を変えて何度もイエスは神に求めるように促しました。

イエスは特にこれを聖霊を受けることに関連づけています(13)。聖霊を求め続けることほど、あなたの人生に知恵と力をもたらすものはありません。

イエスは、あなたが神から受けるのに困難となる3つの主な要素を取り扱っています。

  1. 疑い
    人々はこのすべての領域において疑いを持つものです。彼らは「求めても受けることができるだろうか?」といぶかしく思うのです。イエスは単純にこう言いました。「わたしは、あなたがたに言います。求めなさい。そうすれば与えられます。(9)」

    イエスは彼らが十分に納得していない様子をご覧になったようです。なぜなら、イエスは異なる言葉で何度も繰り返したからです。「捜しなさい。そうすれば見つかります。」そして再び「たたきなさい。そうすれば開かれます。」と。

    イエスは人間の特質をよくご存知でした。それで4回目に「だれであっても、求める者は受け、」5回目に「捜す者は見つけ出し、」6回目に「たたく者には開かれます。(10)」と念を押しました。

    なぜイエスは6回も同じことを言われたのでしょうか?それはイエスが私たちが疑い易いものだということを知っておられたからです。神がどんなものでもあなたに与えようとしておられるということを信じることに困難を覚えることはありませんか?言うまでもなく、聖霊は、そして聖霊の賜物は素晴らしいものです。
  2. 恐れ
    もし、最初のハードルである疑いをクリアすることが出来たとしても、次のハードルである恐れを跳び越える必要があります。恐れはあなたが受けるものについてです。それは良いものなのだろうか?

    イエスは地上における父の類比を用いました。もし子どもが魚を求めるのに、蛇を与える父はいないだろう。もし子どもが卵を求めるのに、さそりを与える父はいないだろうと(11-12)。もちろん、そのような取り扱いをすることは考えられません。

    イエスは続けて、神に比べて、私たちは悪いということを告げます。もし、私たちが子どもをそのように取り扱わないのであれば、なおさら、神は私たちをそのように取り扱うことは想像も及ばないことなのです。神はあなたをがっかりさせることはありません。もし、あなたが聖霊を求め、聖霊の素晴らしい賜物を求めるなら、それは確かにあなたに与えられるのです(13)。
  3. 受けるに相応しくないと考える
    もちろん、赦しを求めることも、あなたの過去を、それが間違っていたと振り返ることも大切です。しかしながら、すでにあなたがそうしたのであれば、あなたは、私は受ける価値がないとか、相応しくないという曖昧な感覚にとらわれてはなりません。神があなたに何も与えて下さらないだろうと信じることはないのです。

    神がとても成熟したクリスチャンに賜物を与えてくださると信じることは容易いことですが、私に与えてくださると信じるのは難しいものです。しかしイエスは「天の父が、成熟したクリスチャンに、どうして聖霊を下さらないことがありましょう。」とは言いませんでした。「天の父が、求める人たちに、どうして聖霊を下さらないことがありましょう。(13)」と言ってくださるのです。

この箇所の第二の部分は私たちが正しいものを求めることを教えてくれます。ある人々は「天からのしるし(16)」を求めます。その同じ人々は、聖霊によってなされたイエスの御業を悪霊の働きに帰する者でした(15)。

イエスは、イエスがなさったようには、悪霊は悪霊によって追い出すことはできないことを指摘しました(17-20)。そして、イエスは彼らに「しるし」を求めてはならないと言いました。私たちが必要とするしるしは、復活のしるしだけです(28-30)。これはイエスがソロモンやヨナよりも偉大であることのしるしです。(31-32)

間違ったものを求めないようにしましょう。ただ神を、神の国を、神の義と神の聖霊を求めることをあきらめてはなりません。

祈り:主よ。今日、私をあなたの聖霊から来る愛と力と知恵に満たしてください。


心を尽して主の臨在を慕い求める

申命記4:15-5:33

あなたは神との個人的な交わりを持つことができます。神はご自身の民に「あなたにこのことが示されたのは、主だけが神であって、ほかには神はないことを、あなたが知るためであった。(4:35)」と言いました。

モーセは民に「主はあなたがたを国々の民の中に散らされる。(27)」と言いました。しかし、「そこから、あなたがたは、あなたの神、主を慕い求め、主に会う。あなたが、心を尽くし、精神を尽くして切に求めるようになるからである。(29)」とも言いました。

私たちは十戒の冒頭において、私たちの神との関係の同じような強調を見ることができます。私たちは、どのようにして他の人々との関係に生きるかだけを考えるような世界に生きています。私たちが他の人々とどのように生きればよいのかということはとても大切なことであり、十戒の6から10ではその課題について命じられています(5:16-21)。しかしながら、あなたが他の人々とどのように関わるか以上に大切なことがあります。あなたの神との関係はあなたの人生の中で最も重要な面なのです。

この関係から、あなたの他者への愛が流れ出て行くべきです。神はあなたの人生の中での追加オプションではありません。モーセは言いました。「あなたの神、主は焼き尽くす火、ねたむ神だからである。(4:24)」神はあなたを愛しています。神はあなたを選び、ご自身の臨在をもってあなたを祝福したいと願っておられます(37)。神は「あわれみ深い神(31)」です。神はイエスラエルを解放したように、あなたを囚われから解き放ってくださいます。「わたしは、あなたをエジプトの国、奴隷の家から連れ出した、あなたの神、主である。(5:6)」

これらの背景には、あなたの神との関係はこの世のあらゆるものの上に置かれているのだということが神によって告げられているのです(十戒の1から4,6-15)。最後に、十戒の10はあなたの思考生活について取り扱っています。

モーセは民に、これらの戒めを「聞きなさい」「学びなさい」そして「生きなさい」(1,MSG訳)と言いました。ハワード・カーターのように、押し進んでいくのです。神を日々求めなさい。忍耐をもって、そして心を尽して。あなたは人生を満ち足りて生きることを見出します。そして、それはあなたの生き方を他者を愛し、他者に仕える生き方に変革するのです。

祈り:主よ。私は今日も心を尽してあなたの臨在を求めます。そしてあなたの命令を聞くことによって、あなたの恵みの下に生きることとあなたに従うことを通して、あなたの愛と力を私自身が体験することができますように。アーメン。

H.K