Tokyo Chapel

2019年3月19日

第78日

神と親しくなる方法

アメリカ人の牧師、ジョン・ウィンバーの生活と奉仕は、世界中の教会に大きな影響を与えました。

かつて彼はこう言いました。「神が語ることを聞こうとすれば、また神が何をしようとするかを知ろうとすれば、そして、奇跡が起こる領域において動こうとすれば、一人ひとりが、イエスが持っていた、神との親密さ、神へのより頼みを開発することだ。イエスはどのように、何をしたのだろうか?その答えはイエスの父との関係に見出すことができる。私たちはどのようにしてイエスが約束されたように『それよりもさらに大きなわざ(ヨハネ14:12)』をすることができるのだろうか?それは、同じような『親密で、単純で、拠り頼んだ』関係を見つけることによるのだ。」

神はあなたを親しく愛しておられます。それはあなたが夢にも思わぬほどです。神はあなたとの個人的な関係を「親密で、単純で、拠り頼んだ」関係として持ちたいと願っておられるのです。それは想像を絶する栄誉であり特権です。モーセやダビデ、もちろん、イエスは神と親密な関係を持ちました。では、あなたはどのようにして神との親密さを開発しますか?


隠し立てなく、弱さを見せ、正直であること

詩篇35:11-18

ダビデも「私のたましいは見捨てられる。(12)」と落ち込むことがありました。彼は自分が遭っている状況を隠し立てせず話し、正直です。落ち込む原因は次のようなものです。

  1. 敵対勢力
    ダビデは「善にかえて悪を報いる(12)」大きな敵に面していました。あなたもまた、善にかえて悪を報いるような大きな反対に直面しているかもしれません。彼らは「中傷し(15)」「あざけり(16)」ます。反対はこの世からだけではなく、神の民から来る場合もあり得ます(16)。
  2. 神の沈黙
    「私の祈りは私の胸を行き来していた。(13)」「わが主よ。いつまでながめておられるのですか。(17)」とあるように、祈りの答えが聞こえて来ず、あたかも神が沈黙してしまったかのように感じることがあります。
  3. 失敗
    誰しも、しくじったり、つまずいたり(15)することがあります。私たちは至って幸せに主と共に歩んでいると感じることができますが、突如つまずくことがあります。そのような時は、神の基準ではなく自分自身の基準だけを見ているのかも知れません。

ダビデのように、神に正直に祈りましょう。うまくいっているように繕う必要はありません。心の底から神に呼ばわるのです。そのことに神は驚いたりつまずいたりすることはありません。そのような正直な祈りが神との距離を縮めます。

祈り:主よ。私の心の叫びを聞いてくださることを感謝します。あなたは私を救い出し「私は大きな会衆の中で、あなたに感謝し、強い人々の間で、あなたを賛美します。(18)」


知恵の成長

ルカ2:41-52

イエスはまだ子どもであった時も、知恵に満ち、人々は驚きました。「そして彼に聞いていた人々はみな、イエスの答えの知性と理解に当惑し、圧倒され驚いていた。(47,AMP訳)」

「トマトが果物であることを知っていることは『知識』、トマトをフルーツサラダには入れないことは『知恵』!」と誰かが言いましたが、知恵と知識は異なります。知識は水平的ですが、知恵は垂直的です。知恵は上から下るものなのです。裕福さを成長させるよりも、知恵を成長させる方がはるかに重要です。知恵は富にまさります。父なる神と近しく生きることは知恵を成長させます。

イエスの両親が神殿の庭でイエスを見つけた後で、イエスは両親に言いました。「わたしが必ず自分の父の家にいることを、ご存じなかったのですか。(49b)」The Message訳では「わたしの父の事柄に取り組んでいた(49b,MSG訳)」となっています。

イエスと「父」との関係は類を見ないものですが、その一方で、イエスはあなたを「父」なる神との親密な関係へと招いています。イエスは神に「アバ」と祈りました。これはアラム語で子どもが父親に親愛の思いを込めて呼びかける言葉です。そして、弟子たちにも同じように祈るように教えました(11:2)。聖パウロは聖霊について次のように言っています。「あなたがたは、人を再び恐怖に陥れるような、奴隷の霊を受けたのではなく、子としてくださる御霊を受けたのです。私たちは御霊によって、『アバ、父』と呼びます。(ローマ8:15)」

これらの節でのイエスの例を見ると、神との親密さからくる知恵について4つのことを学ぶことができます。

  1. 知恵は聞くことから
    知恵は他者から聴き、学ぼうとすることを意思することです。イエスは教師たちの真ん中にすわって、「話を聞いたり(ルカ2:46)」していました。アイザック・ニュートンは、「私は、答えを与えられるよりも質問を分析している時の方が、知性がよりひらめき易いことに気づいた。」と言いました。しばしば、多くを知っている人は寡黙です。私たちがしゃべっている時、普通は誰かがすでに知っていることを繰り返しているに過ぎません。私たちが聴いている時に、私たちは新しい何かを学ぶのです。良い質問をすることは、会話の達人になる鍵です。J.F.ケネディー大統領は、あなたを考えさせようとすれば、あなたの答えに全力で思いを集中し、質問して聴くこと以外にすることはないと言いました。彼がその人のために、過去も未来も消し去っていたことにあなたは気づくでしょう。
  2. 知恵は単純さに導く
    知恵は明らかさへと導きます。イエスがどこにいるべきか、何をなすべきかを知っていました。イエスは「わたしが必ず自分の父の家にいることを、ご存じなかったのですか。(49)」と言いました。知識は私たちを単純さから複雑さに導きますが、知恵は複雑さから単純さに導きます。
  3. 知恵は全体的である
    知恵は何を言うかだけではなく、どう生きるかということです。「それからイエスは、いっしょに下って行かれ、ナザレに帰って、両親に仕えられた。(51)」知恵は、わたちたちの知性や言葉を超えて、生き方全般についてなのです。
  4. 知恵は成長すべきである
    神との親密な関係を通して、「イエスはますます知恵が進み、…神と人とに愛された。(52)」これはサムエルに用いられた描写ととてもよく似ています。(1サムエル2:26)

    私たちの年齢に応じて知恵は成長すべきです。イエスの知恵に欠点があったり、不完全であったというのではありませんが、イエスの知恵は成熟とともに成長しました。それは私たちも同様です。

    私たちは自分たちの子どもたちのために、知恵が成長し、神と人に愛される者となるようにしばしば祈ります。

以上のように、イエスの知恵は神との親しい関係からもたらされたものです。神はイエスの父です。イエスは父の家に居なければならないことを知っていました。そして、父との親密さはイエスの知恵の土台であったのです。

祈り:父よ。私をあなたの霊の子どもとしてくださって、「アバ。父よ。」と呼ぶことを許してくださったことを感謝します。イエスがあなたとともに持っていた親しい関係に私さえ招いてくださったことを感謝します。この親密な、単純な関係と従順を成長させてください。あなたの御霊によって、知恵に満ち、神と人とに愛される者となることができますように。


じっと立ち止まって聞く

民数記7:66-9:14

神との親密な関係を築いていこうとすれば、神とのコミュニケーションの時間を横に置いていては不可能です。「モーセは、主と語るために会見の天幕に入ると、…彼に語られる御声を聞いた。主は彼に語られた。主はモーセに告げて仰せられた。(7:89-8:1)」

神はモーセに語りかけました(8:1、9:1)。モーセは神と語りました(7:89)。それは双方向の会話です。まるで友人に話すように、神はモーセと顔と顔を合せて話しました(12:8)。話すことと聴くことが同時になされ、お互いの反応を見るのです。

聖霊の時代を迎えて、あなたはモーセよりも良い立場にあるのです。もはや、モーセのように特定の場所に行く必要はありません。あなたがどこにいようとも神はあなたと共におられます。子としてくださる霊によって、父なる神との親密で永遠なる会話へと入っていくことができるのです(ローマ8:15-17、26-27)。

「主は…モーセに告げて仰せられた。…そこでモーセはイスラエル人に、…命じたので、…イスラエル人はすべて主がモーセに命じられたとおりに行った。(民数記9:1-5)」というのがパターンです。イスラエル人の生きる方法はすべて、神がモーセに親密な場所で語ったことに従うことが土台となって築かれました。あなたの神との親密さはあなたの人生を生きる道に溢れ流れる必要があります。神があなたとの親密さのなかで教えられたことを実践しましょう。

神が私たちをどのように導いておられるのかがいつもはっきりしているわけではありません。そのような時にもモーセの例はよい見本です。人々がモーセに、答えが分からないような難しい問題を尋ねた時、モーセはこう答えました。「待っていなさい。私は主があなたがたについてどのように命じられるかを聞こう。(8)」もし、あなたが正しい答えがわからないとき、「待て」と尋ねた人々に待てということは知恵深いことです。その間にあなたは祈り、神から正しい方向を示していただくことができるからです。

ユージン・ピーターソンは「ちょっと時間をくれ。あなたの状況に神がどう答えるか探すことにするから(8,MSG訳)」詳訳聖書(Amplified Bible)では「じっと立ちどまりなさい。そして主があなたに関することにどのように命じるかを聞くことにしよう。」と訳されています。

祈り:主よ。毎日あなたにお会いすることができることを感謝します。あなたは私に語りかけ、私は聴くことができます。親密で、単純で、従順があなたとの関係にあって、あなたが語られることを今日、聞かせてください。アーメン。

H.K

References

John Wimber, Healing Clinic Notes, (Pasadena CA. Fuller Seminary. 1988), 9.05.