Tokyo Chapel

2019年3月30日

第89日

100倍の見返り

彼はマンチェスターで最も荒っぽい地域の一つで育ちました。彼の父はアルコール依存症で、彼は15歳で学校を退学し、家出しました。彼は路上生活をし、ギャングの一味になりました。彼は犯罪に手を染め、ついに刑務所に入れられてしまいました。やがて陸軍に入隊し、二回の離婚を経験しました。

1994年、彼は私たちの教会に入って来て、アルファに参加しました。彼はキリストに人生を明け渡し、聖霊に満たされました。彼は刑務所にいる人々を訪ねるようになり、彼は刑務所への働きかけをしている教会スタッフの一員となりました。彼は出所者のためのケアをする機関を始めました。彼はホームレスのプロジェクトを立ち上げました。彼は依存症患者のためのコースや鬱や債務に葛藤している人々を助けるためのコースを始めました。

彼のリーダーシップのもとで、刑務所アルファが英国の刑務所に広がり、全世界76か所の刑務所でも開催されるようになりました。何千人もがイエス・キリストにある信仰に立ち返りました。何百人もの男性と女性が出所者ケアのミニストリーを通して教会に通うようになりました。彼は今、このミニストリーを世界中の何百万人もの人々に届く可能性があると考えて進めています。

彼、ポール・カウリーは良い地に種を蒔かれた人物の格好の例と言えるでしょう。彼は高貴で素晴らしい心の持ち主です。彼はみことばを聴き、それを保ち、忍耐しつつ百倍の実を実らせた人物です。(ルカ8:8、15)彼はイエスに出会いました。彼の救い主として、種まく人として、そして、羊飼いとして出会ったのです。


個人的な救い主

詩篇38:13-22

ダビデは、耐え難い苦難と敵とに取り囲まれる中で神に助けを呼び求めました。ダビデは彼の個人的な救い主として主に向かったのです。「主よ、私の救いよ。(38:22)」と。あなたもダビデのような過酷な困難に面しているかもしれませんし、面していないかも知れません。しかし、あなたは今日、次に示すACTを頭文字とする3つのパターンで主を待ち望み、願いを申し出ることが出来るのです。

  1. Ask:願う
    助けを叫び求める。「わが神、主よ。あなたが答えてくださいますように。私は申しました。『私の足がよろけるとき、彼らが私のことで喜ばず、私に対して高ぶらないようにしてください。』(15-16)」
  2. Confess:告白する
    あなたの罪を告白する。「私は私の失敗について話す準備ができました。私はもはや私の罪のうちに気取っていることはできません。(18,MSG訳)」
  3. Trust:信頼する
    「私を見捨てないでください。主よ。わが神よ。私から遠く離れないでください。急いで私を助けてください。主よ、私の救いよ。(21-22)」

祈り:主よ。今日、私はあなたにACTの助けを求めます。私の罪を御赦しください。主よ。見放さないでください。遠ざからないでください。あぁ、私の神よ。急いで来て助けてください。私の主、私の救い主よ。


大いなる種蒔き

ルカ8:1-18

イエスのなさった大いなる御業は種蒔きにたとえることが出来ます。「イエスは、神の国を説き、その福音を宣べ伝えながら、町や村を次から次に旅をしておられた。(8:1)」イエスが行く所、どこででもです。私たちの今日の働きはしばしば、単純に種を蒔く事です。

私たちもミッション・トリップのように「旅をして(1)」福音を宣べ伝えることがあります。またそれ以外に、イエスは人々を一緒に集め、種を蒔きました。「大ぜいの人の群れが集まり(4)」そこで語ることもあります。私は2019年5月6-7日、ロイヤル・アルバートホールで開催されるリーダーシップ・カンファレンスを期待しながら準備しています。何千人もの人々が「町や村を次から次に」イエスの周りに共に集まるのです。あなたも今からでも遅くはありません。一緒に集いませんか!

イエスはそれを一人ではしませんでした。イエスはチームを作りました。その中心には十二弟子や「女たち(2)」もいました。女性はイエスの働きにおいて、とても重要な役割を果たしました。それだけでなく、彼らは「自分の財産をもって(3)」彼らは仕えたのです。

イエスは、そこで、種まきのたとえを用いて、彼らが為すすべてのことを説明したのです。彼らは、私たちのように皆、神のことばの種を蒔くのです(11)。もし、皆が等しく応答することがなくてもがっかりすることはありません。

  1. 硬い心
    ある人は信じようとしません。「道に蒔かれた種は、ことばを聴いても、聴くや否や悪魔が彼らからそれをひったくり、それで、彼らは信じようとせず、救われることを望まないのです(12,MSG訳)」
  2. ぼんやりした心
    ある人はとても熱心に応答するように見えますが、最後まで続きません。彼らは「根を張っていない」のです。彼らは「熱心に聞くが、その熱心さはさほど深くない。それは一過性のもので、問題が起こった瞬間、彼らは行ってしまう。(13,MSG訳)」
  3. 半分しかない心
    また、ある人はとても好感するように見えますが、「生活のとげ」のせいで途中で落ちて行きます。とげとは「心配、この世の心づかいや、富や、快楽(14,AMP訳)」です。「これらの人は聞くには聞くが、明日の生活の心配、金儲け、楽しみを得ることでいっぱいになり、種は外へと押し出されてしまうのです。(14,MSG訳)」
  4. 一意専心
    先の3つは種まく人に落胆と悲しさを与えますが、イエスはある人はきちんと応答して「忍耐と共に実を確実に実らせる(15,AMP訳)」と言われました。The Message訳では「彼らは良い心を持っていて、みことばを把握し、どんなことがあっても、収穫を得るまで手放さない。(15,MSG訳)」これらのことを話す前にイエスは言いました。「別の種は良い地に落ち、生え出て、百倍の実を結んだ。(8)」

私はアルファをすることは、私が今まで経験した中でも最も失望することであるとよく話します。人々が否定的な反応をしたり、来なくなったりする時にがっかりしてしまいます。しかし、イエスの言葉を私たちが読む時、このことに驚くべきではないのです。

言い換えれば、アルファはまた「今まで経験した中で最もエキサイティングなこと」でもあります。ある人々は、ポール・カウリーのように、一意専心で蒔かれた種に応答し、莫大なインパクトをもたらし、百倍の実を結ぶのです。イエスを知るようになり、聖霊に満たされ、自分の友人に告げるようになり、社会に大きなインパクトをもたらすようになる、そのような人々に、今も、これからも出会うことができるのです。

これらのイエスのことばは他の人々だけに当てはまるのではありません。それは私たち皆に、神の言葉を聞く私たちにいつでも当てはまるのです。たとえば、私たちが聖書を読んだり、説教を聞いたりする時、注意深く、神のことばを聴きとりましょう。ある意味で、あなたの生活すべてが神のことばへの応答です。あなたが応答すればするほど、あなたは与えることができるのです(18)。

祈り:主よ。人生を変えることができるあなたのみことばの力を感謝します。がっかりさせれ、失望することから守ってくださり、みことばの種を蒔き続けることができますように。蒔いたみことばの種がその人の人生に根を張り、百倍の実を結ぶのを見るときが訪れるという大きな喜びのゆえにあなたに感謝します。


大牧者

民数記27:12-29:11

モーセは生涯の最期に至り、神の民のために指導者が必要であると理解していました。モーセは主に祈りました。「すべての肉なるもののいのちの神、主よ。ひとりの人を会衆の上に定め、彼が、彼らに先立って出て行き、彼らに先立って入り、また彼らを連れ出し、彼らを入らせるようにしてください。主の会衆を、飼う者のいない羊のようにしないでください。(27:16-17)」

神は祈りを聞き入れヨシュアを後継者と定めました。神はヨシュアについて言いました。「主の霊が彼の内にある(18,MSG訳)」彼の上に手を置き、彼を任命し、権威を与え、神の民のための牧者とせよ。「牧者」はその当時、王や支配者に用いられた常套句でした。

モーセが残された民をあわれんだように、イエスもまたご自身の民に同じようにあわれまれました。イエスはご自身の働きの中で群衆を見た時、「また、群衆を見て、羊飼いのない羊のように弱り果てて倒れている彼らをかわいそうに思われた。(マタイ9:36)」のです。

教会のリーダーを牧者と見立てるイメージは新約聖書の多くの箇所に見られます。ペテロはこう記しました。「あなたがたのうちにいる、神の羊の群れを、牧しなさい。…あなたがたは、その割り当てられている人たちを支配するのではなく、むしろ群れの模範となりなさい。(1ペテロ5:2-3)」イエスは「大牧者(1ペテロ5:4)」と呼ばれています。

イエスは言われました。「わたしは、良い牧者です。良い牧者は羊のためにいのちを捨てます。…わたしはわたしのものを知っています。(ヨハネ10:11-14)」イエスはやがて来るべき日に「一つの群れ、ひとりの牧者となる(16)」のです。ヘブル人への手紙の作者はイエスを「永遠の契約の血による羊の大牧者(ヘブル13:20)」と呼びました。

民数記の残りの部分には、飲食、宗教的な祭事や安息日に関する規定が記されていますが、究極的にはイエスについて再び私たちはポイントを見出します。(民数記28-29)聖パウロは記しました。「これらは、次に来るものの影であって、本体はキリストにあるのです。(コロサイ2:17)」イエスこそ大牧者であり、偉大な種蒔き人であり、世界の救い主なのです。

祈り:主よ。私は今日、あなたを大牧者、偉大な種蒔き人、世界の救い主として礼拝します。私へのあなたの愛とご配慮を感謝します。あなたが私に与えてくださったメッセージを感謝します。どうぞ、私も良き牧者とならせてください。あなたのみことばの種を他の人々に蒔く者とならせてください。そして、私の人生に、他の人々の人生に百倍の実を結ばせてください。アーメン。

H.K