Tokyo Chapel

2019年3月7日

第66日

神は私を救われた

トニー・バリモア、56歳。彼はイギリスでもっとも大西洋横断の経験を積んだヨットマンです。彼の全長18メートルのヨット、エクサイド・チャレンジャー号で2ヵ月の単独無寄港無補給世界一周ヨットレース「ヴァンデ・グローブ」に参加した際、凍てつく広大な南氷洋の真ん中で転覆し、九死に一生を得ました。

15メートルの高波によってキールが外れ転覆したのです。トニー・バリモアの著書「Saved(救われた)」には、それはまるでナイアガラの滝の中にいるようだったと記されています。4日間、15メートルの波が襲い、ほとんど零度に近い温度の中で、暗く、うるさい、濡れた、冷たい天地が逆転した世界の中に埋められたように過ごしたのです。

ヨットの船底で水かさが増し、かろうじて呼吸ができる程度の空間に波に揺さぶられながら困難の中にとどめられました。陸地から何千キロも離れたところに彼はいました。空気が薄れゆく中で、彼は救助が来るように祈りました。

オーストラリア海軍の艦艇が彼を救助しました。オーストラリア政府の最新の衛星監視システムがヨットの位置をピンポイントで特定し、救助隊を送り込んだのです。

4日後に、バリモアはヨットを叩く音を聴きました。彼は後にこう述懐しています。「私はオーストラリア海軍に感謝してもしきれません。本当に彼らは疑いなく私の命を救ってくれたからです。」彼が救出された時の最初の言葉はこうでした。「神に感謝します。これは奇跡です。」彼は言いました。「まるで、もう一度生まれ変わったような心境です。私は新しい人のようです。もう一度人生が与えられたように感じます。」

その時、あるジャーナリストがこうつけ足しました。「すべての勝算や予想に反して勝ち取られた『救い』はあらゆる物語の中で最高のものです。それは純粋な湧き上がる喜びです。」その極みは、キリストが、私たちを「救い出そうとして」、私たちの罪のためにご自身をお捨てになったことです(ガラテヤ1:4)。

私は自分の人生を振り返ると、数多くの状況の中で神が私を救出してくださったことを見ることができます。あなたが困難な状況に瀕する時、あなたは神があなたを救出してくださるのを信頼できるのです。


あなたを救う神を信頼せよ

詩篇31:1-8

もし、あなたの人生が悪い方向に向かっているように感じるときは特に、神に信頼し続けるのが大変難しく感じるかも知れません。人間関係、仕事、経済、健康、あるいは他の状況など…。ここにあるダビデの祈りは、あなたが神に救いを叫び求め、神への信頼を確かにするためには大きな励みでしょう。

トニー・バリモアが救いのために祈ったように、ダビデは祈ります。「私に耳を傾け、早く私を救い出してください。(31:2a)」「私は、むなしい偶像につく者を憎み、主に信頼しています。(6)」

ダビデは「私の霊を。御手にゆだねます。(5a)」と言いましたが、これは十字架の上でイエスも言った言葉です。イエスは大声で叫んで、言われた。「父よ。わが霊を御手にゆだねます。」(ルカ24:46)。これは究極の信頼の言葉と言えるでしょう。

この詩篇で、私たちはあなたへの神の愛の結果が究極的にはイエスの死に表されていることがわかります。

  1. あなたの隠れ場
    詩篇の作者はまず、「あなたの内にあって、主よ。私は隠れ場を得ました。(1a,NIV訳)」と切り出します。そして、「私をねらって設けられた罠から私を守ってください。あなたは私の隠れ場ですから。(4)」と言いました。多くの試練、罠、誘惑が人生にはあります。主はこれらすべてから守って下さる避難所なのです。
  2. あなたの
    ダビデは「私の力の岩となり、強いとりでとなって、私を救ってください。(2b)」また、「あなたの御名のゆえに、私を導き、私を伴ってください。(3b)」と記しました。あなたは神の導きを聖霊によって知ることができます。神は「」「とりで」となって、あなたを安全にかくまってくださいます。
  3. 救い
    ダビデは「私に耳を傾け、早く私を救い出してください。(2a)」と祈りました。彼は神がどのように見ておられるかを「あなたは、私の悩みをご覧になり、私のたましいの苦しみを知っておられました。(7b)」と続けています。主は知っておられ救い出して「あなたは私を敵の手に渡さず、私の足を広い所に立たせてくださいました。(8)」イエスはあなたを究極の救いに導き、不動の地に立たせて下さいます。

祈り:主よ。あなたが私を救い出してくださったことを感謝します。人生のあらゆる試練の中で、あなたを信頼し続けることができますように。


あなたの救い主を熱く愛せよ

マルコ13:32-14:16

イエスを愛することは、貧しい人を愛するよりも大切なことです。私たちから他の人々、特に貧しい人に溢れ流れていく愛は、実に私たちのイエスのための愛なのです。

このような愛はイエスの身体に香油を注ごうとしたことに見ることが出来ます。香油をイエスに注いだ女はイエスへの心からの愛を示したのです。この光のもとでは、彼女が非常に高価な香油(多分、年収に匹敵する)を惜しまず使ったことは「むだ(14:4)」ではありません。もちろん、イエスは貧しい人々の必要に無関心ではありません。しかしながら、イエスは彼女が使ったお金は無駄ではないと言ったのです。「この女は、自分にできることをしたのです。埋葬の用意にと、わたしのからだに、前もって油を塗ってくれたのです。(8)」

惜しみない行為はいつまでも覚えられるでしょう(9)。イエスの目には、あなたがイエスのために愛のあらわれとして施したものは何一つむだではないのです(7-8)。そしてそれはイエスにいつまでも忘れられることがありません(9)。むしろ、あなたが愛のゆえにイエスに与えたものはすべて、イエスにとって「りっぱなこと(6)」なのです。すべての気前のよい行動は美しいものです。

イエスはご自身の埋葬を思い起こさせて、イエスの人生がクライマックスに近づいているという事実に注意を向けました。その通りに、過越の祭りはイエスの人生の最後の出来事としてイエスが選ばれ、セットされたことが明らかです。

5回にわたって、この箇所で過越の祭りが言及されています(1,12,14,16)。イエスはご自身の死がいけにえとされた過越の子羊としての役目を果たすことをはっきりと理解していました(12)。過越の子羊の血が神の民を裁きと死から救い出したのです。「私たちの過越の小羊キリストが、すでにほふられたからです。(1コリント5:7b)。」

私たちはここで、イエスがご自身を唯一の神の子であると考えておられた証拠を見ることができます。イエスが再臨について語られた時、「ただし、その日、その時がいつであるかは、だれも知りません。天の御使いたちも子も知りません。ただ父だけが知っておられます。(マルコ13:32)」と言われました。

トニー・バリモアが彼を救出してくれた人々にどれほど感謝していたことか!彼は言葉に言い尽くせない感謝を語りました。ご自身の命を与えて永遠の死から私たちを救い出したお方に私たちはなんと感謝し、愛すべきなのでしょうか。

祈り:主よ。あなたが過越のいけにえとなって、あなたの命を与えてくださったことを感謝します。聖餐にあずかるときに、いつもあなたの犠牲と私の救いを思い出し感謝をささげます。


神の驚くべき救いの計画

レビ15:1-16:34

神はあなたを愛するがゆえに、入念な救いの計画を立てました。トニー・バリモアの救出には計画と準備の日数を要しました。もちろん、神の人間のための偉大な救出計画にはさらに計画と準備と予表の日数を要するのです。

「汚れ」に関する様々な規定は現代社会に生きる者にとって奇妙に感じるものです。これはもはや私たちに適用されるものではありません。それらは、イエスによって成就し、すでに取り換えられたものなのです。

16章の「贖いの日」はイエスの死の背景となっています。聖パウロは「神は、キリスト・イエスを、その血による、また信仰による、なだめの供え物として、公にお示しになりました。(ローマ3:25)」と記しました。またヘブル人の手紙の作者は「主はすべての点で兄弟たちと同じようにならなければなりませんでした。それは民の罪のために、なだめがなされるためなのです。(ヘブル2:17)」と記しました。

大祭司がいけにえによって神との関係に入ることが出来たという事実は、祭司職の不適格さを十分に証明しています。(ヘブル5:3、7:27、9:7、9:11-15)。

贖いの日のいけにえに、私たちは十字架の驚くような予表を見ることができます。「アロンは生きているやぎの頭に両手を置き、イスラエル人のすべての咎と、すべてのそむきを、どんな罪であっても、これを全部それの上に告白し、これらをそのやぎの頭の上に置き、係りの者の手でこれを荒野に放つ。
そのやぎは、彼らのすべての咎をその上に負って、不毛の地へ行く。彼はそのやぎを荒野に放つ。(レビ16:21-22a)」この聖書の箇所から英語の「スケープゴート(不満や憎悪、責任を、直接的原因となるもの及び人に向けるのではなく、他の対象に転嫁すること)」という言葉が生まれたのです。

これは、あなたの罪や私の罪がイエスに「担わされた」(イザヤ53:4-6を参照)ことの予表です。使徒ペテロはイエスについてこう記しています。「そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。(1ペテロ2:24a)」イエスこそ私たちの罪を「東が西から遠く離れているように(詩篇13:12)」取り除いて下さったお方です。バプテスマのヨハネがイエスを見た時、彼は言いました。「見よ、世の罪を取り除く神の小羊。(ヨハネ1:29)」

その結果、あなたと神との関係に驚くべき変化がもたらされたのです。イエスを通して、あなたは毎日、至聖所に入ることが出来るのです(ヘブル10:19-20)。」あなたは恵みの御座に大胆に近づくことが出来るのです(4:16)。そして、いつも歓迎されていることを知るのです。

祈り:主よ。あなたが、ご自身の血で私を救ってくださったことを感謝します。あなたは私を自由にするために身代わりとなって死んでくださいました。今は、毎日、大胆にあなたの臨在に入ることができるようになったことを感謝します。アーメン。

H.K

References

Rescue in the Southern Ocean, by Tony Bullimore, Penguin Group Australia, 1997, ISBN 0140268375